「著作権を侵害せず、自由に創作を続けていくために」水野祐×加藤貞顕×深津貴之【第4回】
そもそも著作権とはなにか?(第1回)、具体的になにをしたら著作権侵害になるのか?(第2回)、著作者人格権の境界線は?(第3回)を学んできました。最終回は、弁護士・水野祐さんと一緒に、インターネット時代の著作権のあり方、そして、noteが「だれもが創作をはじめ、続けられる」場所であるためにできることを考えます。
※本記事は、2019年1月28日に行われた対談・インタビューを記事化したものです。
著作者の権利が強すぎて、未来のクリエイターが育たない?
加藤 これまでの話を踏まえて、ちょっと極端な問いをあえてうかがいたいです。インターネットの時代に、そもそも著作権って必要なんですかね? クリエイターの権利を守るのは大事というのはもちろんすごくよくわかっているんですが、テクノロジーが発展した現在なら、著作物の権利は、普通の財と一緒の所有権・財産権の枠内でカバーできないんですか?
水野 現在の著作権法の考え方は、表現のような形のない情報にも物と同様に所有権に似た規律をあてはめる考え方なんですが、物と情報ってやっぱり随分性質が違うんですよね。コピーが容易だし、コピーしても質が劣化しないとか。これまでは社会における情報化がそこまで進んでいなかったので、物に近づける考え方でもどうにかなってきた。
でも、データ駆動型社会などと言われるように高度に情報化が進んだ社会では、所有権的な物を特定の人に独占させるという考えが著作物という情報のポテンシャルを阻害してしまっている場面も多い。個人的には、高度情報化社会に合わせて著作権という権利をもう少し弱めるべきだと思っています。
深津 現行の法律では、著作者や著作権者の権利が強すぎると。
水野 はい。著作権は特許などの他の知的財産権よりも強い権利です。特許は特許庁に申請してお金を払って、出願から原則として20年保護されます。一方、著作権は、申請をしなくてもいいしお金を払わなくてもいい。著作者の死後70年権利が認められるので、30歳の時の作品で80歳でなくなったとしたら、約120年もの長期間保護されることになります。
加藤 それはかなり強い既得権ですよね。
水野 著作権を発生させるか否かを考える際に、登録も必要なしに、これだけの長い期間、特定の人や企業に権利を独占させる価値があるかどうか、見極めないといけない。独占を認めるのであれば、その表現は他の人が原則として使えなくなるんです。そう考えると、そう簡単には認めてはいけないと思うんです。
加藤 つまり、後世のクリエイターが自由に新しいものを生み出す余地を残さなければならない。たとえば音楽業界で、未開拓な場所を切り開いた作曲家が、老年になって若者に「これはおれのパクリだろう」と権利を主張する。これって、後に続くクリエイターの創作を阻害していることになると思うんです。
深津 極論、たとえば僕がプログラムで、すべての音符のあらゆる組み合わせで520時間くらいかかる超大作を書いたとしたらその権利を主張できるのか。
加藤 そう。それに近い話ですよね。現在のクリエイターや、まだ生まれていない未来のクリエイターのことを考えると、ちょっと制度のバランスが崩れている気がします。
インターネットの時代、著作権が文化の発展を妨げている?
水野 というのも、現行の著作権法は、インターネットが想定されていないからなんですよね。インターネットが普及してからは、特に著作権法が、イノベーションや経済的な市場規模の拡大の妨げになっているという見方もあります。
深津 これまでの歴史的な流れを考えると、著作権で自由利用を制限している出版社・テレビ業界がダウントレンドになって、緩やかなネット小説やTikTokに塗り替えられつつある。
水野 もっと言うと、食やファッションの業界の市場規模は音楽や映画などのコンテンツ業界にくらべてすごく大きいんですが、前者に比べて後者は著作権のしばりが伝統的に強い業界だと言われています。これは著作権という規制自体がその市場規模の広がりを狭めてしまったからだという研究結果もあります。このあたりは『パクリ経済』という本に詳しいです。
加藤 なるほど。既得権をまもる保護措置が市場の広がりを結果的に制限してしまうことはよくありますが、コンテンツ業界にもあてはまると。
水野 音楽業界は、Napster*やBitTorrent*によっていち早く崩壊したことで、最近になってストリーミングはもちろん、ライブやグッズの収入で伸びてきている。マンガやその他のコンテンツは、どういう仕組みを用意できるかが問われています。
*音楽ストリーミング配信の老舗。1999年創業。
*ファイル共有を高速化するための通信プロトコル(通信規約)、およびファイル共有ソフト。
加藤 クリエイターの自由を制限しないために、著作権をもっと解放する。
水野 はい。著作権は特定の表現に関して独占権を与え、他の人が使えなくするという意味で、表現の自由の例外という位置づけなんですね。著作権を強めることは既存の権利者にとっては好都合であることもあると思うんですが、これから表現する未来のクリエイターにとっては表現の自由に対して大きな制約になります。僕は、著作権という権利をこれ以上強めることは表現の自由に反するおそれもあると考えています。
たしかに、歴史的な経緯として無視はできないですが、僕は著作権を弱める方向性で考えるべきだと考えています。たとえば「報酬請求権」という仕組みで、基本的にコピーは自由として、代わりにそのコピーや改変行為で収益が生まれれば、お金で還元するとか。
加藤 なるほど。それはよさそう。
水野 著作権法は他の法分野よりも、個別のクリエイターの意見が反映されない環境があると言われています。インターネットユーザーの業界団体がほとんどないのも影響していると思うのですが。著作権は、noteで書いているような非職業的なクリエイターや一般市民の情報基盤を支えるルールになっています。インターネットユーザー、一般市民がもう少し著作権について興味を持って、リテラシーを上げていかないといけないのではないでしょうか。
加藤 いま活躍するクリエイターの権利を守りながらも、未来の新しいクリエイターが育ついい環境をどうつくっていくか。保護と自由のバランスをとりながら、クリエイティブを広げていくためにどうすればいいかを僕らも考えていきたいと思っています。
著作権侵害を訴えられた場合、プロバイダーはどうすべきか
深津 すこし具体的な話をうかがえますか? 現行の著作権法の下、クリエイターの権利と表現の自由を守っていくために、僕らはプロバイダーとして何ができるのか。
加藤 それは聞きたいです。
深津 たとえば有名マンガのコマを使った記事がnoteに挙がっていたとして、第三者であるユーザーから、「著作権法違反なので消してください」と言われた場合、プロバイダーである僕らはどう振る舞うべき?
水野 法的には、プロバイダー責任制限法、通称「プロ責法」の話ですね。プロバイダー責任制限法とは、インターネット上の情報発信者と著作権等の権利者、そしてサービス運営者・事業者の三者の利害関係を調整するための法律です。
ご質問の権利者ではない第三者から著作権侵害の申出があった場合ですが、著作権という権利を行使できる主体はあくまで権利者またはその代理人であり、それ以外の第三者からの削除の申出には応じる必要はないと考えられています。実務的にも、プロバイダーに対して削除請求の申出があった場合には、一般人の判断からして申出者が著作権等を有していると判断できるような証拠の提示を求めることが多く、それ以外の第三者から申出があった場合には、権利者から直接申出をしていただくように案内することが多いです。
深津 ではその第三者から、たとえば「出版社に報告したら消してくださいと言っている」という伝聞にも応じなくてもいいんですか?
水野 はい、そうです。そもそも、発信者・掲載者はきちんと許諾を取っている可能性もあるわけです。その場合に勝手に消すと逆にそのnoteを書いたクリエイターに対して、勝手に削除したプロバイダーとしてnote運営者側の行為が不法行為に該当してしまうおそれもあります。
深津 たしかに、掲載者が許諾を受けていた場合、勝手に消すと、我々が表現の自由を侵害することになる。
水野 インターネット上の「場の責任者」として、プロバイダーは他人の権利侵害を放置したとして損害賠償請求されるおそれと、実際には権利侵害していない情報を安易に削除してしまうことにより損害賠償請求されるおそれという、両側から法的責任を問われる板挟み状態にあります。
プロバイダー責任制限法は、このような板挟み状態にあるプロバイダーの責任を緩和することにより、被害者救済と発信者の表現の自由という重要な権利・利益を調整するための法律です。
加藤 じゃあ、これはいかがですか。あるコンテンツがあって、その一部に盗作やパクリを含んでいる場合、そのコンテンツは書いた人の著作物になりますか?
水野 そこに元の作品・コンテンツに新しい創作性を加える改変をしている場合、元の作品・コンテンツを「原著作物」とする「二次的著作物」であるという扱いになります。仮に盗作やパクリを含んでいる場合でも、法的にはそのように考えます。
深津 では、その二次的著作物をプロバイダーが消すのも、表現の自由の侵害になりますか?
水野 具体的な内容次第のところはありますが、原著作者は二次的著作物の利用についても無断で利用されない権利を持っていますので、権利侵害があることが明らかであれば削除しないといけません。逆に権利侵害があるかわからない状態で安易に削除すると免責されない可能性があります。
加藤 なるほどなあ。でもそれでいうと、あらゆる創作物は、二次的、あるいはN次的著作物ともいえますよね。だから難しい。
水野 そうなんです。著作権侵害かどうかだけでなく、名誉毀損かどうか、プライバシー権侵害かどうかの見極めは一般人はもちろん、法律家でもなかなか難しい。その判断一つでプロバイダーが法的責任を負うとすれば、誰もプロバイダーなんてやろうと思わなくなってしまいます。それじゃあマズいので、プロ責法があるんです。
加藤 そうなると、盗作やパクリをクリエイター本人や第三者が指摘してきた場合、プロバイダーがそのコンテンツ、つまり著作物を消すことはかなり難しいんですね。
水野 まず、被害者・権利者(権利侵害されたとされる者)またはその代理人かどうか、本人性を確認したうえで、権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当な理由がある場合か、発信者・投稿者に削除に同意するかどうか照会し7日以内に反論がなかった場合のみ、削除することができるというのがプロ責法の考え方です。
深津 訴えてきたクリエイターが権利者であることがある程度証明でき、かつ明らかに盗作である場合か、発信者・投稿者に聞いても回答がない場合にはじめてプロバイダー側は動けると。
加藤 盗作かどうかの判断も極めて難しいですよね。全文違わずのコピペならわかるけど、引用の場合もあるし。あとは、アイデアは同じで、表現の重なりは一切ない場合、盗作と言えるのか?
深津 ゴムで体が伸びる青年が海賊王になるべく仲間と旅に出る物語がnoteに投稿されたとして……。
加藤 その物語、めっちゃおもしろそう!って、それ『ワンピース』の設定じゃないですか。……たとえば、そういったことが起きて、作者が怒って削除を訴えてきた場合、僕らはどう対処すべきなんですか?
水野 まずは権利者であるか否かを確認する。そのうえで、権利者である場合には、「不当に侵害されていると信じるに足りる相当な理由がある」かどうかを判断しますが、明白に権利侵害である場合を除いて、単にアイデアや設定が似ている程度では基本的にはなかなか動けないとは思います。
加藤 なるほど。アイデア部分は法的には保護できないんですね。
深津 過去の行動についてはどうですか? あるユーザーが著作権侵害をして、それをすぐに消した場合、プロバイダーとして何かできますか。
水野 法的には、プロバイダーには責める権利も義務もないですね。
加藤 このへんが悩ましいんですよね。こういう争いってインターネット以前からもありますが、ネット時代にはそれが顕在化して、おそらく数も増えていると思います。そこで、プラットフォームの運営者であるぼくらはなにができるのか。どうすべきなのかということをいつも考えています。
水野 プロバイダー責任制限法的にはすでにお話ししてきたとおりですが、プロバイダー側が任意に発信者・投稿者と連絡をとって、コンテンツを任意に変更してもらったり、削除してもらったり、平和的に解決することは実務上よくあります。ただし、プロバイダー側もすべてを見張ることはできないですし、限界はどうしてもありますよね。
ユーザーはどうすべき? リテラシーを持って平和的解決を
深津 クリエイターが著作権を侵害されたとして、訴えて証明するのも大変、僕らも簡単にコンテンツを消すことができない現状の中で、現実的な解決策を考えたいです。どうしたらユーザーは楽になるんですかね? 個人的には、警察に訴えたり裁判を起こしたりするのは、著作権を侵害された人も侵害した人も誰もハッピーにはならないと思うんです。
水野 やや精神論になってしまうのですが、クリエイター個人が著作権に対するリテラシーを持ってコストがかかることを知り、自分の作品が過去の遺産から生まれたものだということを自覚することも大事なことだと思います。さらに、自分自身が未来のクリエイターに影響を与えるということも。
加藤 なるほど。これって法律の話でもあるんですが、仁義とか礼儀の範疇の話も多いですよね。
深津 僕は、「近所喧嘩」「抗争」「核戦争」くらいの3つのレベルに分けて、それぞれの段階で時間的にも経済的にもどれくらいのコストがかかるかを明示しておくのが良いんじゃないかと思っています。「ごめんね」で済む話なのに、無知がゆえ、いきなりミサイルを打ってしまう人もいると思うので。うっかり核戦争はもったいない。
水野 そういうふうにマニュアルで示すのはありだと思います。
深津 僕も作ったアプリをパクられるのは日常茶飯事で、ムカついて、メール等で指摘すると相手は悪気がない場合も多いんですよ。周りを巻き込んで事を大きくする前に、直接1本メールするだけでも、違ってくると思います。
安全を保ちながら、自由に創作を続けていくためのルールづくり
水野 プロバイダーの対策としては、利用規約等で、著作権侵害のおそれがある場合にバンすることがある、という旨を書いておくのも一つの手です。法律ではなく、コミュニティマネジメントのルールとして。
加藤 なるほど。
水野 たとえば「NAVERまとめ」は、日本のプロバイダー責任制限法を前提に、アメリカのDMCA*的なやり方で、著作権侵害の申請が来た場合一旦落とすという独自のルールを決めていますね。
*デジタルミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act)の略称。アメリカではこの法律により、プロバイダーに対して著作権侵害を申し立て削除することが可能となった。
深津 DMCAもメリットとデメリットがありますよね。著作権侵害の作品を消すことはできるけれど、著作権を侵害していない作品を消してしまう冤罪のリスクが極限まで高まる。
水野 そうですね。なので、利用規約等でユーザーからしっかり同意を得ておく必要はあると思います。また、たとえば、YouTubeは著作権を有するコンテンツが勝手に使用されていないか検知する「コンテンツ ID」という独自のエコシステムをつくっています。
法律が変えられなければ、プロバイダー側がユーザーとの間の契約(利用規約)や、サービスを通じて独自のシステムやアーキテクチャを開発していくのが近道になるでしょう。
深津 大きな設計として、著作権侵害も名誉毀損も、表現の自由を毀損してはならないという前提に立つ。その上で、個別の案件に対応はできないとしても、裁判所で争う確率が0.01%に抑えられるという規律をつくる。
水野 個人的には、コンテンツID的な仕組みによって、ある程度機械的な判定があってもいいと思います。もちろん、何%以上似ていたら侵害とする、というような共通認識を醸成する必要があると思います。一方で、あまりに露骨なガイドラインをつくると、検閲に近いものとなり、それさえも表現の自由の侵害になる可能性も出てくるので注意が必要ですが。
加藤 僕らは「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」ことをミッションにしていて。
水野 いまは著作権という権利が強すぎて、未来の表現者が表現しようというインセンティブを阻害しているんじゃないか、というのが今日の話だったわけですが、noteのそのミッションは著作権法が本来、目指す世界とも重なりますよね。
深津 表現の自由とクリエイターの権利を守り、文化を発展させる。
加藤 著作権を侵害しない・されないという安全な状態を保ちながら、自由に表現活動を続けていくための最低限のルールをつくっていきたいと思います。今日はありがとうございました。好評だったら、こういう内容のイベントしましょう!
おわり。
【全4回】
そもそも著作権ってなんですか? (第1回)
具体的になにをしたら著作権侵害になるのか?(第2回)
著作者人格権の境界線は?(第3回)
著作権を侵害せず、自由に創作を続けていくために(第4回)