見出し画像

管釣りノベル「夢でもぷあ~なフィッシング! ~グリーン師と一緒Ver~」

※この作品は米織先生による二次創作ノベルです。 

 青い空に浮かぶ白い雲。周囲を取り囲む森……そして、それを映す澄んだ湖水。
 蛇行した川がゆったりと流れ込んでくるインレットを眺めつつ、柔らかそうな栗色のおかっぱ頭傾げた少女……金菜 品子はぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
 赤味がかった運動着――俗にいう小豆ジャージというやつだ――が、周囲の緑に映える。
「あ、そっか……夢かぁ、コレ……!」
 ピョロロ……と尾長鳶の高い鳴き声と、爽やかな風を頬に受けて……湖畔に立ち尽くす品子は、これが夢だということを自覚した。
 つい先ほどまで、自称・ファミリーフィッシングジャーナリストであり、貧乏釣りの師匠でもあるグリーンという男と共に、秘境・グンマーの奥地にあると噂される「川場キングダムフィッシング」へ釣りに向かっている途中だったはずだ。
 それなのに、いきなりこんな所に立っているなんて、コレは夢に違いない……と、半ば霞がかかったかのようにうすぼんやりとしたままの品子の脳髄は、そう結論付けた。
 ……が。頭の中にかかっていた霞も、すぐに消える。バシャンと割合に大きな音と共に、盛大な水飛沫が上がったからだ。
 魚の……それもかなり大きな魚のライズだ。
「夢だろうと何だろうと、魚がいるなら釣りをする以外の選択肢はないですよね!! 乗るしかないじゃないですか、このビッグウェーブに!!!」
 さすが夢、というべきか……品子の足元には、ユッケ兄から贈られたいつも使っている釣り道具一式が置かれていた。
「やった! セニョールさんがついてる!!」
 お誂え向きなことに、ラインの先には既にルアーまでついていた。赤いビーズをワイヤーで連ねたようなルアーだ。
 自在に形を変えられるソレをくるりと巻いて形を作り、インレット沖のライズめがけて第一投を…………。
 ULロッドのしなりを最大限に利用できた渾身の一投は、追い風の助けもあって想定していたよりも遠くの沖合に着水する。
 すぐさまベイルを立ててカウントを始めれば、3カウントの辺りでコツンと軽いアタリが出た。すかさずアワせてみるものの、ショートバイトだったのだろう。魚がかかった手ごたえはない。
 とはいえ、レンジの見当はついた。あとは、どうにかして魚を誘うだけだ。
 一度ロッドをしゃくって水面までセニョールトルネードを引き上げて、再度目的のレンジまで沈めていく。
「たしか、セニョールトルネードは、『魔貫光殺砲』のつもりで動かすといいって、グリーン師が…………っっっ!!!」
 屋上遊園地が実に馴染みそうな師匠の言葉を思い出しながら、品子は表層のレンジをデッドスローでレトリーブする。

 水の動きが大きいインレットの辺りは、なおさらゆっくりめに巻いて…………ちょうど流れの真ん中あたりに差し掛かったころだろうか。
 何かがかかったようなゴツッという感触がロッドを通して伝わってきた。
 「逃がすか!」と、リールを早巻きして合わせてやれば、今度こそロッドに重みが加わった。ゴッゴッと頭を振るような引きと共に、ドラグをジィィィィッと鳴らして糸が一気に沖へと走る。
「フィーーーッシュ!!」
 品子の渾身の叫びが周囲の空気を震わせる。
 トラウトが走っている間はロッドのしなりを利用してラインブレイクを防ぎ、寄せられそうなときはリールをギリギリと巻いて岸辺に寄せて……。
 寄せては走られ、寄せては走られを何度か繰り返しているうちに、流石のトラウトにも疲れが見えてきた。
 次第に足元に寄ってくるトラウトを見据えつつ、品子は傍らのネットに手を伸ばす。必死にロッドを操作する品子の目の前の湖水が、ぐぅぅっと持ち上がってきた。
 澄んだ水を割って現れたのは、雪のように真っ白な夢の世界のビッグワンだ。
 なんとか足元にまで寄せたかと思うと、人影に気付いたのか水飛沫を上げて再度沖へと走られ……それを何度か繰り返したのち、ようやくネットに収めることができた。
 ネットの中でびちびちと跳ねる巨体は、ゆうに60センチを超えている。その上、体高も高く、身もしっかりとぶ厚くて……文字通りの「大物」だ。
 陸でびたびたと暴れるトラウトをうっとりと眺めていた品子が、ふと我に返った。
 貧乏釣りのモットーは、キャッチ&イート。この魚も当然美味しく頂きたいわけだが……。
「料理する道具がないよぅ! こ、この魚、どうすれば……!?」
「待たせたね、品子さん! 大丈夫かい!?」
 陸揚げしてしまった以上、長くは生きられないトラウトを美味しく食べてあげる必要があるのに、美味しく食べるための手立てがない……。
 魚を締める道具も、調理する道具もないことに気が付いた品子が頭を抱えた丁度その時……品子の背後から、耳に馴染んだ男の声がした。
 振り返ってみれば、屋上遊園地が良く似合う緑色を身にまとった男が、100均包丁を片手に立っているではないか……!
 傍から見れば怪しいことこの上なく、100%通報モノの案件ではあったが、品子にとってはよく見慣れた光景だった。
「ぐ、グリーン師!? 来るのが遅いです! 早く助けてください!!!」
「へ!? うわぁぁぁっ!! あ、圧が強いよ、品子さーん!!!!」
 湖の傍らで哀を叫ぶ品子に詰め寄られた男の……グリーンの体が、そのままがくがくと揺さぶられる。
 高く澄んだ青空の下、悲鳴にも似た男の叫びが響き渡った……。
 

       ◆◇◆

 突然品子に詰め寄られたグリーンだったが、それでも流石師匠というべきか……品子の切実な訴えを聞くや否や、陸に上げてもなおビタビタと暴れるトラウトを押さえつけ、瞬く間にエラの辺りと尻尾の付け根を包丁でぶち抜いてくれた。
 途端にドッと溢れてくる血液を物ともせずに、ストリンガーにひっかけて目の前の湖に浸ける。
 順調に魚体の周りが赤く染まっているところを見るに、血抜きは順調なようだ。
「……それにしても、ここはどこなんでしょう? 秘境・赤久縄のダム湖エリアでしょうか?」
「確かに、赤久縄のダム湖エリアは秘境というのに相応しいね。でも、残念ながら赤久縄ではない気がするな……」
「えっ……そ、それじゃ、どこなんでしょうか、ここ? やっぱり私、ランボルギーニされちゃったんですか?」
「ランボルギーニでもハイエースでもないと思うよ。というか、いい加減私のことを信用してくれ
ても良いんじゃないかと思うんだけど!?」
 夢の中と言うのが一番しっくりくるんじゃないか……と。首を傾げつつ「二人そろって集合無意識的なレベルにまで意識が落ちているせいで、共通の夢でも見ているのだろう」と持論を述べるグリーンの話は、正直なところ品子にはよくはわからない。
 ただ……。
「夢、ですか……? 大物が釣れるといいなぁ、って言う、私の夢!! ……あれ? それじゃあ、グリーン師はなんでここに?」
「私も、大物を釣りたいし食べたい……と、常々思ってるからだろうね! そもそも、ファミリーフィッシングジャーナリストというものはだね……」
「あ、その話はどうでもいいです。私もグリーン師も、釣って美味しく食べたいということが分かれば十分です!!」
「よし! それじゃあ、血抜きも終わってるだろうから、さっそく調理に移ろうか!」
「え? グリーン師って料理できたんですか?」
 少し気取った様子で人差し指を立てながら、「ファミリーフィッシングジャーナリスト」のうんちくを語り出しそうになったグリーンの声を、品子はあっさりと遮った。昨今のJKは、敢えて空気を読まないスタイルがトレンドらしい。
 そんな品子の様子に腹を立てた様子もなく、拳を握って立ち上がったグリーンの声に、品子は弾かれたように顔を上げる。
確かに、大物が釣れて、調理できる環境があるのなら、今置かれている場所がどこであろうとやることは一つ。
 あとは美味しく頂くだけだ。
……とはいえ、品子はグリーンが料理をしている所を見たこともないし、料理が得意という話も聞いたことがない。
調理に映る、と言って、この男に料理ができるのだろうか、と……。あからさまに「不審」と顔に書いてある品子を横目に、グリーンはグイっと胸を張る。
「ふ、ふふふ……わ、私ほどのファミリーフィッシングジャーナリストとなれば、りょ、りょ、料理くらいはできて当然のスキルだよ……し、品子さんは何か好き嫌いはあるかい?」
「めちゃくちゃ足も声も震えまくってるじゃないですか! 出されたものは、すべて美味しく頂くのが金菜家の家訓です!!」
「そ、そ、そ、そんなことはないさ……! す、好き嫌いがないなら……切り身にして塩焼きはどうかな?」
「塩焼き……外で食べるトラウトの塩焼きは美味しいですもんね」
「そうだね。BBQで食べる塩焼きを超える料理なんて、そうそうないからね」
 生まれたての小鹿の如くガクガクと膝を震わせるグリーンは放置して、品子は釣りたてのトラウトの塩焼きに思いを馳せる。
 パリッと焼けた皮と、ほこほこの身……良く晴れた空の下で食べるソレは、きっと美味しいはずだ。
 ……例え、誰が調理したものであっても……。
 包丁を片手に果敢に巨大トラウトに挑むグリーンの背中を眺めつつ、品子もまた薪を集めるべく腰を上げた。

       ◆◇◆

 周囲に、パチパチと炎が爆ぜる音が響いた。その炎を囲むようにぐるりと巡らされているのは魚の切り身が刺さった木の枝。四苦八苦しつつ、何とか捌くことができた大物トラウトを、品子が拾ってきた木の枝に刺して炙っているのだ。
 ちなみに、味付けはグリーンがなぜか所持していた白い粉――白い紙に包まれた食塩――だ。
 遠火の炎に焙られた皮の部分が所々ぷっくりと膨らんでは、ぷしゅぅと蒸気を吹き出しつつしぼんで……それを繰り返しながら、食欲をそそる焼き色を深めていく。
「グリーン師ぃ……まだですかぁ?」
「まだ……まだだよ、品子さん。トラウトの塩焼きの一番の敵は、水分だからね!」
 水気が抜けきるまで焼かないと……と言いながら、グリーンが魚の刺さった串をくるくるとまわして火の当たり具合を調整する。
 一方の品子は、制止はされているものの、もう我慢ができないと言いたげな様子だ。そわそわと身体を動かしつつも、視線だけは魚串から決して離さない。
 空っぽの胃袋を刺激してやまない香ばしい香りが、魚串が回るたびに周囲に広がっていく。
 グリーンの言うとおり、焼かれている魚の身からは水分と脂とが混じったものが、ぽたりぽたりと落ちては地面に黒い染みを作っていた。
 これが出なくなった頃合いが、一番の食べ頃……と師は言うが……。
「もう我慢できません! お腹が限界です! 食べさせてください!!」
「あっ、品子さん!? もう少し焼いた方が……」
「十分美味しそうじゃないですか! 私、食べます! 食べてみます!!」
 落ちてくる雫の量が少し減ったかな、と思われたころ……品子の忍耐力がとうとう切れた。
 戸惑ったようなグリーンの声を振り切り、こんがりと焼き色が付いた魚串をひったくるように手に取った。
 もうもうと湯気の立つそれに息を吹きかけて、品子は魚にかぶりつく。
 パリッと焼けた皮に歯を立てれば、歯の芯から脳髄にかけて厚さがダイレクトに伝わった。だが、そんなことを感じる間もなく、濃厚な脂が口の中に滴る。

 皮目の部分の脂が、火で炙られて溶けだしているのだ。
 カリカリの皮からもじわじわと脂が染み出してきて、少し強めに振られた白い粉――くどいようだが、ただの食塩である――と混じり合い、コクのある甘みと深い塩味で舌の上が満ち満ちる。
 まだ早いと言われた身の方も、ちゃんと水分が抜けていてホクホクとした食感だ。かじりつけば繊維に沿ってぽっこりと身が割れて、ほろほろと儚くほぐれていく。
 その身には、確かにまだ水分が残っていた。だが、そのおかげで適度にしっとりとしていて、食べていてぱさつく感じがまるでない。
 噛みしめると身の奥からも脂がじゅわぁっと滲みだして、舌の根に纏わりつく。
 脂臭さなど微塵も感じない。ただただ香ばしい匂いが鼻を受けていくだけだ。
「おいっしぃ……! 大物トラウト、美味しいよぉぉ……!!!」
 品子の口から、噛み殺しきれなかった快哉の叫びが漏れ溢れる。
 一口……また一口と食べ進め、それなりに大きな切り身が刺さっていたというのに瞬く間に一串食べきってしまう。
 思った以上に脂が乗っているものの、その脂がしつこくないせいで、やけにあっさりと感じられる。火で炙られて、余分な脂が落ちているせいもあるのだろう。
 この塩焼きなら、いくらでも食べられてしまいそうだ。
二串目もあっという間に平らげた品子が、その勢いのまままた別の串に手を伸ばして………………。
 そこで、品子の視界はホワイトアウトした。

       ◆◇◆

「…………ん、……こ……さん…………品子さん!!」
「うぅ~~ん……もうちょっと食べたいですむにゃむにゃ……」
「そんな漫画みたいな寝言を言ってる場合じゃないよ、品子さん!」
「……ハッ!! そ、その屋上遊園地にしかいなさそうな緑色……グリーン師!?」
「寝ていたわりに的確なツッコミをありがとう、品子さん。川場キングダムに着いたよ」
 軽く体を揺すられるような感覚と共に、品子の意識はゆっくりと浮上した。
 うっすらと目を空ければ、視界一杯に鮮やかな緑色が見える。それと同時に、己の名を呼ぶ聞きなれた男の声が品子の耳に届いて……品子はようやく目の前の人物が誰であるか認識できた。
 許可なくJKの体に触るなど、いろいろとふんだくってやる必要があるだろうか、と……内心で算盤を弾きつつ、品子はゆっくりと辺りを見回した。
 よく晴れた青空も、ぽっかりと浮かぶ白い雲も、夢とまったく同じくらいにきれいだ。
 ただ違うのは、手にしたはずの二本目の魚串が品子の手から消えている……ということで……。
「……んで…………」
「うん? 何か言ったかい、品子さん?」
「何でもっと食べてから起してくれなかったんですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 
 俯いた品子の唇から漏れた声が聞き取れなかったのだろう。品子の肩に手を置いたままのグリーンが、怪訝そうに首を傾げる。
 次の瞬間、弾かれたように顔を上げた品子が、殺気すら漂っていそうな眼力でグリーンを睨みつけた。
 その気迫に押され、思わずグリーンが一歩後ろに下がった瞬間……咆哮にも似た品子の叫びが秘境・グンマーの山々に木霊する。
 どこかで鳴く鳶の声が、尾を引きながら蒼穹へと吸い込まれていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?