【短編】カイト
わたし以外存在しない世界で生きている。
誰かの悲しみも喜びも、まわりを飛び交うなにかでしかない。あの鳥たちをひょいっとかわすみたいにして、わたしはわたしの世界だけを見ている。
空の広さは知らないし、ここを狭いとも思ったこともない。日が暮れるまで自然と触れ合い、気がすむまで学び、気分が乗れば歌って踊った。好き勝手にしているそこに仲間がいたとしても、ひょいっとかわして、やっぱり一人なのだ。
無益のようなわたしは、ひょっとするとまわりから見えてないのかもしれないと思うこともあったが、それも気にならなかった。
好き嫌い、強い弱い、痛み健やか、泣き笑い、たくさんのそれらの対が、わたしの中で打ち消しあって「無」として存在している。完結した世界には言葉もなく、外側の声は雑音でしかない。
困ったことをあげるとしたら、たまにガサガサした雑音がわたし宛に届くことくらい。それでもわたしは飄々としている。わたしのことが気に触るのは、彼らが偏っているのだから。
打ち消し合えないものは有となり、映し出された景色に翻弄され、その対処にさぞ忙しいだろうと思う。物質化され目に見えてしまったものを無視はできない。人はそれについてあれこれ議論したり、語り合うのだろう。
わたしはたぶん無の世界の住人なんだ。
今日は春一番が吹いた。運ばれてきた季節の匂いを感じて、ただこの風に乗ってみたいと思う。
どうしてわたしは地に足をつけてここにいるのか、ふと疑問が湧いた。それはわたしの新しい道標となる。
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