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#13 the monogatary | 起点

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あの日。僕は何度失敗を繰り返してこの人生を歩むのだろう。僕は何度後悔するのだろう。

「大丈夫。今の自分を大切に。」

あの日、彼女とした約束を胸に、僕は生きている。

♦♦♦

高校時代を野球に捧げた人生は悪いものではなかった。家庭内で色々といざこざはあった。でも野球を意識するとそんな悩みも小さなことだった。僕にとって野球は、幸せの象徴だった。そんな時に、僕は彼女と出会った。天真爛漫。彼女はよく笑顔を浮かべていた。

高校3年の夏。何かが変わる予感がした。

♦♦♦

僕はキャッチャーだった。練習ではピッチャーの球を受けてはアドバイスを送り、全体練習の後はコソコソとトレーニング。誰も僕のことを認識などしていない。でもそれで良かった。自分はひたすらに、野球と出会えたことに感謝していたのだから。

迎えた最後の夏。自分の背番号は12。良い番号だ。期待を胸に、僕は今日もグラウンドに駆け出す。

彼女はそんな僕をいつから認識していたのだろう。不思議でならない。

高3の夏が終わり、秋を迎える。高校球児として出来ることはした。あとは僕の想いを後輩に託す。悪くないだろう。きっと天国のおばあちゃんも許してくれるだろう。

幸せとは。生きていることは幸せか。否。生きていることは幸せではない。どれだけ自分の欲求を満たしていけるか。それが幸福な人生を歩むための条件だ。

僕は誤解していた。誰よりも一生懸命に生きて、笑って、人生を楽しむこと。それが人生の到達点だと思っていた。どうやらそうではないらしい。あの日、彼女が流した涙を、僕は忘れることができるだろうか。

迎えた修学旅行。人生で最後の機会となるだろう。楽しみたい。そんな欲求を胸に、僕は北海道を目指した。

東京生まれの僕にとって、北海道は印象深い土地だった。何もかもが大きく感じた。不思議と肩の荷が降りる。やはり休息というものは必要だ。激動の日々を送ってきた僕にとって、この土地は居心地が良かった。

視野が狭い。そんな言葉を僕はよく投げかけられる。余裕が無いのだろう。当然だ。むしろ自分のような人生を送って、優雅に暮らせる人がいるのであれば、是非ともその人に会ってみたい。

「偶然だね。」

気付くと彼女は僕の隣にいた。

「そうだね。」

無難な返事を返す。

彼女はクラスの人気者だ。色々とミステリアスな部分もあるが、こうやってまともに話すのは初めてだ。

「お疲れ様。惜しかったね。」

野球のことだ。

「ありがとう。あんな暑い中、応援してくれてありがとね。すごい励みになったよ。」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。」

本当に、高校球児は恵まれていると思う。あれだけの声援を浴びながらプレーできるんだ。あれだけの注目を集める機会は、人生でもそう多くはないだろう。

「悔いはない?やりきった?」

「うん。清々しい気分だよ。」

「そっか、なら良かった。ところでさ、何か面白い話してよ。」

いきなりの無茶ぶり。戸惑う。

「いきなりだね。」

「でもそういうの得意でしょ。」

得意ではない。断じて。でもここで話の腰を折るわけにはいかない。ゆえに僕は話す。オーストラリアにいた頃の話を。

オーストラリアでも日本と同じように、修学旅行みたいなイベントがある。でもその行き先がちょっと特殊。なんと場所は国立公園。さすが自由の国。スケールが違う。僕たち小学生はそこでテントを作り、そこを拠点に生活する。彼女にはそんな話をした。あの頃は本当に楽しかった。

「面白い!」

彼女は僕の話に耳を傾ける。不思議とそんなに悪い気分ではない。

どれだけそんな他愛もない話をしただろう。気付けばお互い、疲れていた。