「牛鍋」森鴎外
目の渇きは口の渇きを忘れさせる。
永遠に渇している眼には、またこの箸を顧みるほどの余裕がない。
牛鍋屋で牛鍋を囲む三人。
男と女と7、8歳の娘。男は娘の父親ではない。話の流れはいたって簡単で、牛鍋屋で3人が食べているというだけ。
・ただひたすらに肉を口に運ぶ男。
・酒も飲まず肉も食べず、男に酒を注ぎ男をただ眺める女。
・肉を食べようとした娘が鍋に手を出すと「そりゃ煮えていねえ」と男にいつまでも食べさせてもらえず驚きのまなざしを向ける娘。
しかし娘は箸を動かす。男と娘はせわしく箸を鍋で動かし、肉を掴んでいった。
鍋に注がれる二人の視線、男に注がれる目線。
会話のほぼない静かなシーン、しかしながら個々の内部で沸き上がるものの様子が描かれた短編は、読んでいて面白い。
3つの視線。合わない視線。