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『キュート先生が教える!肺癌診療のキホン』note連載 第1回

第1章 肺癌診療の基礎 -診断~治療まで-


【1】はじめに

 皆さま、こんにちは。キュート先生こと呼吸器内科医の田中希宇人(たなかきゅうと)と申します。ブログ『肺癌勉強会』TwitterInstagramなどのSNSでは、いつも温かいコメントを寄せて頂きありがとうございます。そんな一般市中病院で働く一呼吸器内科医であるわたくしも、今年で17年目の医師になります。呼吸器内科を専門にしてからも10年以上が経過しました。大学病院に籍を置いていた頃は臨床の傍らで基礎研究を行っていた時期もありますが、ほぼほぼ臨床の現場に身を置いています。いつもは研修医や呼吸器を専門に考えている若い先生たち、そして看護スタッフや他の呼吸器診療に携わる多くのコメディカルさんたちと一緒に患者さんの診療に全力を尽くしています。






 わたくしは研修医の頃から全身を診て患者さんにより近い位置で寄り添うことができる診療科として「内科」や「小児科」に興味がありました。研修医1年目に偶然ローテートした呼吸器内科では、COPDや気管支喘息などの気道疾患、肺炎や肺結核、抗酸菌感染症などの感染性疾患、そして肺癌や悪性胸膜中皮腫などの悪性疾患…と多くの幅広い疾患を診療対象としておりました。そして呼吸器内科での指導医の診療する姿を目の当たりにして、わたくしも生涯を通して突き詰めていく医療の分野として歩んでいくことを決めました。

 研修医の頃にご指導いただいた呼吸器内科の先生方は、わたくしがお伝えするのもおこがましいのですが、苦しかったり痛かったりする肺の病気をもった患者さんに大変優しく親身に接しておりました。その反面、患者さんの元を離れると、知識に貪欲と言いますか、診療に厳格と言いますか、呼吸器患者さんの症状や病態を、実際の患者さんの身体所見・採血・画像検査などの結果と照らし合わせて細かく治療計画を立てて、夜遅くまでカルテに記載している先生方の後ろ姿をこの目で見てきました。そして多くの呼吸器内科医が集まるカンファレンスでは、1人の患者さんの検査や治療方針を決定するために長い時間検討し、その会議自体も夜遅くまで白熱することも稀ではありませんでした。特に肺癌患者さんに対する対応は印象深く心に刻まれております。15年以上前の肺癌診療を思い起こしますと、現在のように多くの治療選択肢はありませんでした。1次治療のプラチナ併用化学療法を行った後には、強いエビデンスのある後治療は存在しませんでした。今でこそ多くの医療機関で行っている免疫治療も研究レベルで、市中病院では行えませんでした。制吐剤も選択肢がありませんでしたので、ただひたすらメトクロプラミド(プリンペラン®)やデキサメタゾン(デカドロン®)を使用していました。鎮痛薬もオピオイドも現在のように多くの剤型がありませんでしたので内服か持続点滴で患者さんの苦痛や負担も相当だったものと記憶しています。


 肺癌診療は検査も治療もより幅広くなり、以前に比べ予後も大きく改善しました。分子標的薬もゲフィチニブの登場を皮切りに多くのドライバー変異とキナーゼ阻害薬が実臨床で使用できるようになりました。免疫治療や免疫治療を組み合わせるような治療法も一般的に行うことができます。制吐剤や鎮痛薬などの補助療法も以前に比べて大きく進歩し、患者さんの負担もだいぶ軽減されているような印象を受けます。「イントロダクション」でもお話しましたが、医学が進歩し検査や治療の選択肢が増えることは患者さんにとっても医療者にとっても大変喜ばしいことです。ただその反面、肺癌の複雑な知識を勉強しアップデートし続けていくことは、わたくし達、肺癌の専門家にとっても大変な現状です。ましてや研修医や非専門医の先生にとって、最新の肺癌診療を正しく理解していくことは極めて困難であると思っています。


 まずこの第1章では、実際の肺癌診療の現場をイメージするために、わたくしが実際に診療に携わった2人の肺癌症例をX線やCTの画像と共に紹介していきます。続いて肺癌の疫学、リスク、肺癌の症状や一般的な診断・検査・治療について分かりやすく図を入れながら概説していきます。


【2】肺癌診療の現場 -2人の肺癌症例-

 なかなか実際の医療現場をイメージするのは難しいかと思いますので、実際にわたくしが病院で出会った2人の肺癌患者さんを紹介していきます。(個人情報の観点から年齢や経過は一部改編していますのでご了承下さい)

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