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【識者の眼】「性差医療とジェンダード・イノベーション」片岡仁美

片岡仁美 (岡山大学病院ダイバーシティ推進センター教授、総合内科・総合診療科)
Web医事新報登録日: 2021-08-31

ジェンダード・イノベーション(gendered innovations:GI)とは、性差研究に基づく技術革新である。医薬品の適切な用量や、自動車の安全性の評価など、これまで成人男性を基準 としていたものに、性差の観点を導入し、よりよい研究開発を進めることを指す(デジタル大辞林)。現在、GIの重要性が、広く認識されるようになっている。2021年8月18日にオンラインで行われた日本学術会議公開シンポジウムでは、GIの提唱者、米国スタンフォード大学のLonda Schiebinger教授の基調講演をはじめ、様々な分野からの発表がなされた【1】。

医学分野では性差医療(gender specific medicine)がGIの考え方に最も近い領域であろう。性差医療は男女比が圧倒的にどちらかに傾いている病態、発症率はほぼ同じでも男女間で臨床的に差を見るもの、生理的・生物学的解明が男性または女性で遅れている疾患、社会的な男女の地位と健康の関連などに関する研究など多岐にわたる分野を対象としている【2】。

米国での性差医療の歴史は1950年代頃に遡るとされるが、1960〜70年代に起きたサリドマイド薬害を受けて、米国食品医薬品局(FDA)は「妊娠の可能性がある女性の薬剤の治験への参加の禁止」を通達し、男性のデータをそのまま女性に当てはめるという状況が続いた。その後1994年にFDAは「薬剤の治験では半数に女性を含むことを推奨する」という通達を出し、性差医療の実践と研究も急速に発展した。我が国では1999年に天野恵子医師が日本心臓病学会で性差医学・医療の概念を紹介し、2001年には日本初の女性外来が鹿児島大学医学部附属病院に開設され、2000年代には全国で女性外来の開設が相次いだ。しかし、未だ我が国では性差医療の概念が十分に普及しているとまでは言えない状況であろう。

新型コロナウイルス感染症も男性の方が女性よりも重症化率や死亡率が高いというデータが世界各国から示されるなど、性差医療の考え方は益々重要性を増している【3】。そのようななか、性差を意識したヘルスケアを実践できる人材を養成するべく性差医学・医療認定制度が発足、近々申請が開始となり【4】、今後一層の発展が望まれる。

【文献】
1)日本学術会議公開シンポジウム「ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations)〜一人ひとりが主役の研究開発が新しい未来を拓く〜」
2)天野恵子編著:行き場に悩むあなたの女性外来.亜紀書房,2006.
3)The Sex, Gender and COVID-19 Project
4)日本性差医学・医療学会:性差医学・医療認定制度開始のお知らせ(2021年1月)

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