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【識者の眼】「患者情報の持ち出しと不正競争防止法」川﨑 翔

川﨑 翔 (よつば総合法律事務所東京事務所所長・弁護士)
Web医事新報登録日: 2021-11-05

今回は、6400人分の患者情報を以前勤務していた病院から持ち出したとして、医師やスタッフが逮捕された事件について取り上げたいと思います。逮捕された医師は、自身のクリニックの患者を増やす目的で情報を持ち出したわけですが、このような「顧客情報を持ち出す」という行為は、「営業秘密不正取得行為」(不正競争防止法2条1項4号)に該当し、差し止めや損害賠償、刑事罰(10年以下の懲役もしくは2000万円以下の罰金、又はその両方)の対象になる可能性があります。2014年に発覚したベネッセコーポレーションのグループ企業から顧客情報が流出した事件で、大規模な損害賠償請求の裁判が起こされたり、首謀者に実刑判決が言い渡されたことを記憶されている方も多いと思います。

ここで注意しなければいけないのは、すべての顧客情報持ち出しが、損害賠償や刑事罰の対象になるわけではないということです。

不正競争防止法では「営業秘密」を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(同法2条6項)と定義しています。つまり、「秘密として管理されていること」(秘密管理性)、「事業活動に有用な情報であること」(有用性)および「公然と知られていないこと」(非公知性)という3つの要件が必要です。

ちょっとややこしい話になってしまいましたが、逆にいうと、上記のような3つの要件を満たしていないと、患者情報(顧客情報)であったとしても「営業秘密」として保護されないということになります。

最も重要なのは、「秘密管理性」です。患者情報それ自体はきわめて重要な情報ですが、クリニック側が適切な管理体制を構築していないと、「秘密管理性」が認められず、患者情報の持ち出しへ十分な対策をとることができません。たとえば、カルテへのアクセス権限を制限する、秘密管理規程を整備する、スタッフに対して秘密管理に関する研修を行う、秘密保持契約(誓約書)を取り交わす、といった対応が必要でしょう。

患者情報を持ち出されてしまった場合でも、損害賠償が難しいというのが実情です。実際、秘密管理性が認められず、損害賠償請求が否定された裁判例もあります。クリニックにおいても、適切な情報管理体制を構築することが重要です。

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