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44回目 "A Silver Dish" by Saul Bellow を読む (2/2)。読み終わって考えるに主人公は Woody ではなくて父の Morris だと思えてきます。

前回( 2 年前)読んだときに強力な印象を与えられた「息子と父の殴り合い事件」の不快感から今回の再読に当たってついつい後回しにしてきた一遍がこれです。今回読んでこの短編が大変気に入りました。父の自己弁護にする理屈が余りにも屁理屈が過ぎると思っていたのに、その判断が完全にひっくり返ったのです。地の文に Pop was no worse than Woody, and Woody was no better than Pop. (on Page 31) とありますがその通りです。



1. The New Yorker 紙(誌?)の職員の方がこの短編のすたれない価値を 2014 年の時点で主張されています。

 "Letter from the Archive: Saul Bellow's "A Silver Dish" とタイトルされたJoshua Rothman 氏の文章です。短い文書です。一読されることを、特にこの短編を読み始めるか否か迷われている方にはお奨めします。
 その最後の一文は次の通りです。

Who but Saul Bellow could combine, in a single, globe- and decade-spanning paragraph, criminology, crocodiles, marijuana, a Thanksgiving turkey, and a Lincoln Continental? And all while exploring the big subjects: death, families, fate. “A Silver Dish” is available to everyone in our online archive. ソール・ベローでなくてこのように、犯罪学、何匹ものワニ、マリワァナ、感謝祭の七面鳥、リンカーン・コンティネンタルといった(一見関係なさそうな)物事を結び付けて一つの短編に、それも広い世界をそして何十年にも渡る年月を舞台にする短編に仕上げることができるでしょうか?しかも、その物語は人々にとって重要な、死、家族、運命をテーマにしています。「銀の皿」は私どものアーカイブを元にオンライン上に無償で提供されています。


2. 60 才になって、今は亡き父とのあれこれを思い出すと、事の発生時に考えていたのとは違った世界が広がります。

当時には心に響くことのなかった父の言葉が、その意味が重みをもって 60 才になった息子の心に迫り来るのです。詐欺で手に入れた 50 ドルの使い道を問い詰める自分と、それに対する父の屁理屈(哲学・生き様)のやり取りです。

[原文 2-1] "Why did you do it, Pop? For the money? What did you do with the fifty bucks?" Woody, decades later, asked him that.
"I settled with the bookie, and the rest I put in the business."
"You tried a few more horses."
"I maybe did. But it was a double, Woody. I didn't hurt myself, and at the same time did you a favor."
"It was for me?"
"It was too strange of a life. That life wasn't you. Woody. All those women … Kovner was no man, he was an in-between. Suppose they made you a minister? Some Christian minister! First of all, you wouldn't have been able to stand it, and second, they would have thrown you out sooner or later."
[和訳 2-1] 「父さん、なぜあのようなことをやらかしたのかね? お金の 為かい? それであの 50 ドルを何に使ったの?」 20 年だか 30 年だか後にウディは問いただしたのでした。
 「賭け屋に支払ったさ。残った分は仕事の為に使ったよ。」
 「何度かは馬にも賭けたでしょう?」
 「そうしたかも知れんな。しかし、あれは二つの勝利を手にしたのだよ。私は傷をつけられずに済んだし、お前の役にも立てたのだ。
 「あれが私の為だったって?」
 「あのままでは、人の一生として不自然すぎるのだ。あの一団の女たち、それとコブナーという男は男でなくて中性だな、この男も含めて、この連中がおまえを牧師、どんなランクであったにしろクリスチャンの聖職者にしてしまっていたとしたらだ。そうしていたなら、一つはおまえの不満は抑えきれなくなっていただろうこと、もう一つは彼ら教会側の連中が遅かれ早かれおまえを追い出すことになっていただろうことだね。

Lines between line 36 on page 30 and line 5 on page 31,
"Saul Bellow Collected Stories" a Penguin paperback

[原文 2-2] "Maybe so."
"And you wouldn't have converted the Jews, which was the main thing they wanted."
"And what a time to bother the Jews," Woody said. "At least I didn't bug them."
Pop had carried him back to his side of the line, blood of his blood, the same thick body walls, the same coarse grain. Not cut out for a spiritual life. Simply not up to it.
Pop was no worse than Woody, and Woody was no better than Pop. Pop wanted no relation to theory, and yet he was always pointing Woody toward a position---a jolly, hearty, natural, likable, unprincipled position. If Woody had a weakness, it was to be unselfish.
[和訳 2-2] 「そうかもしれないね。」
 「それにおまえにはユダヤ人に働きかけて改宗させるなんてことできないだろうね、どうだい。これをすることこそがおまえの最大の役目だと連中は考えていたのだからね。」
 「そうね。ユダヤ人の人たちに煙たがられるのなんて私も嫌だよな。」「少なくとも私はユダヤ人の人たちに余計な働きかけはしたくないですからね。」とウディは相槌を打ちました。
 父は(なんだかんだいっても)彼(ウディ)を境界線の内側、自分の側に引き込んでやったのでした。自分の側とはウディ自身の血に染まった血の側です。(父と)同じ分厚い肌の壁で身体を包んでいる人種の側、同じ反抗的気質を持つ人種の側です。この人種には精神的な世界に生きる人生はそぐわない、適応不能なのです。
 父はウディより何ら悪いというのではないのです。またウディは父よりも優れているのではありません。父は教義というものに従わされるのを拒否します。そのくせ、ウディには常にある方向に導こうとし続けました。ある方向とは明るく騒ぐ、心の向くままにする、自然な、心地良くしておれる、原理原則にこだわらない、そのような立ち位置(生きる姿勢)でした。ウディにあって父に負ける点があったとすればそれは自己中心的な側面が弱いことでした(ウディの欠点は、父と異なり他人の世話を焼かずにおれなかったことでした)。

Lines between line 6 and line 17 on page 31,
"Saul Bellow Collected Stories" a Penguin paperback


3. 私こそが主人公と主張しているような父の最後を読みます。

金を稼げる仕事はやりたくともできなかった父が死のベッドにあってすら、この優しい息子こそ私が一生をかけて導き作り上げたのだと主張します。

[原文 3] After a time, Pop’s resistance ended. He subsided and subsided. He rested against his son, his small body curled there. Nurses came and looked. They disapproved, but Woody, who couldn’t spare a hand to wave them out, motioned with his head toward the door. Pop, whom Woody thought he had stilled, only had found a better way to get around him. Loss of heat was the way he did it. His heat was leaving him. As can happen with small animals while you hold them in your hand, Woody presently felt him cooling. Then, as Woody did his best to restrain him, and thought he was succeeding, Pop divided himself. And when he was separated from his warmth he slipped into death. And there was his elderly, large, muscular son, still holding and pressing him when there was nothing anymore to press. You could never pin down that self-willed man. When he was ready to make his move, he made it—always on his own terms. And always, always, something up his sleeve. That was how he was.
[和訳 3] 少し時間が経つ内に父の抵抗が停止しました。父はその後も刻々と衰弱の度を深めました。息子の身体に寄りかかり、力は抜け、彼の小柄な身体は丸く折れ曲がっていました。看護師たちが覗きに来て、(父のベッドに乗っかっている)ウディを制止しました。しかし、ウディは手で彼らの入室を拒否しようにも両手が塞がっているもので頭をドアの方に振り動かして看護師たちを追い返しました。ウディに動くことを抑え制止されてしまった父には一つだけその制止を免れたものがありました。彼が実行できたのは身体にある熱の放出です。体温が低下を始めたのです。手のひらに小さな動物を抱いていると経験できる現象です。ウディはこの時父が冷たくなっていくのを肌で感じました。それを感じ取ったウディは体温の低下を制止すべく身体を抱き寄せ、温め始めたのですが父はウディの暖かさを受け取るのを拒否し、次にはウディの体温からは離反して死へと滑り落ちました。ウディにとって押し止める対象が何もなくなったのです。この父の、高齢で大柄で筋肉質の息子はそれでもなお、父の身体を抱き込んで抑えているのでした。自分の意志通りにしか動かないこの男を従わせることのできる人は誰もいなかったのです。この男がこうするぞと決めたとなると、必ずその通り実行した男でした。いつも自分勝手に動いた男でした。そして次に繰り出す仕掛けをいつも頭のどこかに隠し持っているのでした。この男はこのように生きたのでした。

Lines between line 15 and line 27 on page 34,
"Saul Bellow Collected Stories" a Penguin paperback

この最後の段落を読み終えると、短編冒頭にあった "What do you do about death---in this case, the death of an old father? という主題の提示がお葬式のやり方などでなく、葬式のステージに至る以前の段階で去り行く親とどのように時間を共にするのかを意味していたのです。この方が葬式よりももっと大切なことを教えられ、自らの愚を恥じることになりました。これが実存主義なのです。


4. Study Notes の無償公開

"A Silver Dish" の Study Notes (2/2)、Pages 24 - 34 に対応する部分を以下に公開します。読解の誤りのご指摘やこれに類する疑問など、コメント欄に投稿頂ければ幸いです。