落ち着け!
2023年10月12日
・なんと!求人への応募をキャンセルしました!!!!全部嘘でした!ちゃんちゃん!ってふざけんな殺すぞって感じですよね。本当にごめんなさい。
・近日中に旅立つことを止めるまでに、いくつか段階を踏みました。まず、諸々の都合があり最短で明日の朝に出発する予定だったので、きちんと休めるのが今日しかなかったのですが、夕方ごろに疲れが全く取れていないことに気がつきました。その時に、私は2つのことを思いました。1つは、それでもやらなければいけないということ。もう1つは、今までみたいに死ななければならないとは思っていないということ。その2つを思った後に、今まで感じていた「死ななければいけない」という強迫観念と「それでもやらなければいけない」という強迫観念は、心が受ける質感がかなり似ているなということでした。未来に思いを馳せて、早く到達しなければいけないと思うか、早く改善しなければいけないと思うか、早く死んで苦しみを感じないようにしなければと思うわけです。「早く」というのは現在の自分が頑張ることで未来をコントロールしようとしている気持ちの表れです。そして、「死にたい」という気持ちから解放されたのは、今の苦しみが未来にもずっとあるのではないかという想像をするのではなく、今の苦しみは今だけのものであると認識したからでした。このことを考えていたときは、洗濯物を干していた時で、その時はめちゃくちゃめんどくさいな、もっと休みたいなと思っていました。未来を過剰に想像しコントロールするために現在の自分が頑張ろうとすると、この休みたい自分は無理をするなと思いました。上手く書けませんが、未来の過剰な想像・考慮は焦りや不安、自殺願望を生み出すということです。もしかしたら、大切なのは、休みたいと思っている現在の自分なのではないかと思いました。もし今休めたら、たとえ11月初めから働き始めるとしても考える猶予が生まれるし、あんまりやりたくないけれど単発バイトを重ねて自信を生むこともできます。荷物もじっくり用意ができます。でも数日中に家を出たら、不安なまま人に会い、不安なまま働き始め、疲れてもどこにもいけないという恐れを抱えながら働き続けることになります。不安ではないにしろ、神経がとがり続けていることになります。それはよくないのではないかと思いました。
・でも、それだけでは辞める決心がつきませんでした。今働きたいのは、ここにいることに意味が見いだせないから、確かに外の世界を見てみたい自分がいるから、とにかく病院に行きたくないからです。病院は嫌々行くことも考えられますが、他の2つの理由に関しては切り捨てることができないので、迷いました。その理由でここまで気持ちを保ってきた日々の積み重ねがあることも自分を迷わせました。
・最後の一押しは、文章を読んでくださっている方からのお言葉でした。私は死にたい気持ちから回復した時に、今後生きるにあたって、もしこの文章を読んでくださっている方の誰かしらが私に対して忠告してくださった際には必ずそれに従おうと考えていました。それは、この文章を継続的に読んでくださっている方々に関しては、かなり慎重に言葉を発してくださる存在であると感じていたからです。なにかしらのメッセージを送る際に、それがふさわしいタイミングであるかも熟慮されるであろうことも感じていました。加えて、周囲にいる両親や医者を全く信用していないからこそ、信頼している方々の中で一番私に近い存在である、文章を読んでくださっている方々の目は自分にとって貴重です。私は気分が変わりやすいため、自分自身では気がつかないこともたびたびあり、傍から見てやばい状態な時に、それを教えてくれる存在がどこかに居ればいいなと思っていました。それが1人だとその方が緊張されると思うので、私は文章を読んでくださっている方々のお言葉を最後のブレーキにすることにしました。
・そして、今回そのブレーキが発動されることになりました。その方は忠告ではなく応援してくださったのですが、この人は自分が応援しなければいけないだろうと思う状態というのは、限界に近い状態で頑張っているように見えているということだと思うので、何か言葉をかけなければならないと思わせるぐらいの限界さが他者に見えている状態というのは危険だと判断しました。
・しかし、逆に言うと、そのブレーキで止まろうと思うぐらいには、自分にはすぐにでも働きたいという気持ちは残っていなかったのです。もし本当にやりたいのであれば、文章を読んでくださっている方の言葉など気にせず、そのまま突っ走っていました。だから、お言葉が最後の一押しにはなりましたが、でもそれは結局のところ100%自分の意志です。心身の限界がくるか、計画のずさんさが現れるかのどちらかで、遅かれ早かれ立ち止まらざるを得ないタイミングがやってきていたと思います。いま止まれたことは間違いなく運がよかったと思います。本当にありがとうございます。
・文章を読んでくださっている方のお言葉を、諸々をストップするかについての判断材料にしているということについては書くか相当迷いました。というのも、それを書いてしまうと、今後私が傍から見て余裕がなさそうに見えているときに、でもこの言葉を送ったらこの人の歩みを止めてしまうのではないかという迷いがこれを読んでくださっている方に生まれて、言葉を送りにくくなると思ったからです。しかし、そういう時は迷わず送ってほしいです。「やばいぞ!」とかだけでもいいので、本当に送ってほしいです。なぜなら、私は本当に視野狭窄に陥りやすいため、他者の目は確実に必要だからです。そして、止まりたくない時は他者からのお言葉があったとしても絶対に止まらないからです。私の場合はすぐに突っ走る傾向にあるので、他者からのお言葉で止まる程度の気持ちの強さだったら止まった方がいいのです。
・以上です。今回のことを経て、過去の振り返りを理論だけではなく実際に生かすことができていないことをひしひしと感じたので、そこら辺をもう1度考えつつ、他のこともじっくりと考えつつ、しばらくはゆっくりと過ごそうと思います。
・改めまして、メッセージを送ってくださった方、本当にありがとうございます!そして、文章を読んでくださっている方々の目があることが自分の安心につながっております。本当は自分一人でちゃんと落ち着いて行動できたらいいのですが、それができるようになるまでにはまだまだ時間が必要だと思いますので、もしやばそうだったらなにかしらのサインを発してくださると大変嬉しいです!マジで未熟者ですが、今後ともよろしくお願いいたします!
・さようなら
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