『成人式』

 この話は2008年12月に書いてトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第15作目です。

 年が明けて最初の祝日は「成人の日」。年末年始休み明け最初の一週間を乗り切るとこの祝日が待っている。なかなか日常に戻れない体にはカレンダーの並びによっては三連休になるので嬉しい。
 最近成人式が荒れている。ニュースでは新成人が各地で暴れている様子が映る。ここ数年は特に酷くて目を覆いたくなる有様で祝辞を述べている方々が大変気の毒に思える。女性の振袖姿はいいが、男性の羽織・袴姿はいただけない。
 目を疑うようなデザインの羽織・袴に茶髪とピアスというのはいかがなものか。周りの大人達、その衣裳を提供する方々は彼らに何か言ってやって欲しい。伝統的なセレモニーばかりではなく伝統的な衣装も台無しにされている気がしてならない。
 「羽織・袴・茶髪・ピアス・大暴れ」が定番になりつつある昨今の成人式を思いながら自分が二十歳になった時のことを思い出してみた。
 僕の誕生日は9月の初旬。大学二年の夏休みは学校の英語コースを履修してイギリスの郊外にあるコルチェスターという町に居た。8月初旬からホームステイと寮生活をしながらの一ヶ月であった。
 滞在中時間が経つに連れコルチェスターからロンドンまでの距離が掴めてきて頻繁に出掛けるようになった。”Time Out” という日本で言えば “ぴあ”のような雑誌が存在することも知った。”Time Out” を購入して何か面白いものはないかと探したところ、ロンドンでスティービー・ワンダーのコンサートがあることが分かった。
 分かったのはコンサートの数日前。前売り券がどうのという考えはなく当日券が手に入って観られればいいやくらいに考えていた。当日授業が終わると、・・・いや、祝日だったかも知れない・・・、会場のウェンブリー・アリーナへ急いだ。
 隣のウェンブリー・スタジアムで「至近距離」に書いたエリック・クラプトンとエルトン・ジョンのショーを観たのはそれから五年後。その時はそんなこと全く考えもしなかった。
 会場には早く着きすぎたが問題なくチケットを購入出来た。チケットを手に入れるとお約束のようにダフ屋が現れて、「もっといい席があるよ」と売りに来た。その時ダフ屋というのは世界共通なのだなあと思った。
 開演前の場内は混雑していたが、イギリスらしいなあと思ったことがあった。グッズ売り場の横にパブがあったことだ。かなり混雑していたので自分の座席を確認する前に入場と同時にパブへ直行し数パイント流し込んでいた人達がたくさんいたに違いない。
 コンサートは素晴らしかった。スティービー・ワンダーはピアノを弾きながら唄うためかステージは場内中央に円形で設置され、ショーの間はずっとステージが回転していた。これならどの席の客もある程度公平にスティービー本人を観られると思い感心した。
 場内を見渡してみたが、東洋人らしき人達は見かけなかった。もしかしたら、場内に日本人は僕一人だったかも知れない。途中スティービーが何かジョークを言って場内が沸いた。その時僕は意味が分からなくて笑えず、明日からの授業をさらにしっかり受けようと思った。
 場内で記念にTシャツを買ったが、終演後、場外で売られていた非合法のTシャツがあまりにも格好良かったのでこれも記念に一枚買った。初めて海外で観たコンサートは思い出深いものになった。
 コルチェスターへ帰る電車が出るリバプール・ストリート駅へ地下鉄で向かった。駅に着くとコルチェスターへ行くその日の最終電車はもう出てしまっていた。パブは12時で終わりだから始発までは駅のホームで過ごすしかなかった。
 ベンチに座ってしばらくすると、同じく最終電車を逃したであろう女性が駅員と話しながらこちらへ来て僕の隣に座った。全くついてないという表情をしていた。コンサートの帰りではなく、ケンブリッジの友人のところへその日のうちに行く予定だったと言っていた。それからしばらくいろいろな話をした。
 僕は学生で日本から来ていて・・・とかそんな話だ。話が途切れた時に日付が変わり自分が二十歳になったことを思い出した。そのことを隣に座った女性に告げると笑顔で「ハッピー・バースデー」と言ってくれた。
 先に出発するケンブリッジ行きの電車に乗る時間が来たのでその女性は席を立った。僕が終電を逃した駅のプラットホームで誕生日を迎えたので、「忘れられないお誕生日になりましたね」と去り際に笑顔で言った。
 本当に忘れられない誕生日になった。それまでに迎えていた誕生日とは違っていたがネガティブな感情は不思議と湧かず、何だか面白く思えたのを覚えている。異国の地の駅のホームの上で誕生日を迎えるなんてことはなかなかないだろう。
 それから数年後社会に出て、パスポートを増刷しても足りないくらい数多く旅をすることになり、旅の数だけいろいろな経験をすることになる。日常当たり前にしていたことがいつも同じ状況下で行われるとは限らないとその時教えられたのではと今改めて思う。
 異国の地の駅のホームで迎えた二十歳の誕生日に、僕は成人になっただけではなく、この「忘れられない誕生日」を面白がることが出来たことで、旅の神様がトラベラーとして認めてくれて(神様だから “下さった” と言うべきか)、その後たくさん旅をするチャンスに恵まれたのだと今になって思える。この「忘れられない誕生日」は僕にとってトラベラーになったセレモニーだったのかも知れない。


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