『リラックス・1』

 この話は2010年2月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第29作目です。

 香港・台湾・北京・上海・シンガポールに仕事や休暇で行くようになってから、いつのころからか、現地で時間が空くとマッサージに行くようになった。
 日頃の疲れ、長旅の疲れ、海外に居ることで知らず知らずのうちに肩、腰、足が凝っていて気になるようになったからだ。
 今でこそ駅前の商店街にもあって珍しくない足のツボのマッサージを初めて受けたところは今から15年ほど前に訪れたシンガポールだった。
 その旅行は、今考えると同じ顔ぶれでの旅行は想像するのさえ難しい組み合わせだった。一緒に行ったのは大叔母とその大叔母の三男で母の従弟にあたるGさん、僕の従姉、母と僕の5人だった。
 Gさんは音楽関係の仕事をしていて世界中を飛び回っていて、マイレージが溜まりにたまっていた。自分の分と大叔母の分の往復のファーストクラスをマイレージで賄えたほどだった。
 シンガポールに行くということを知った、酔うと口が悪くなるその従姉の父親(僕の叔父)は「シンガポールは土人がいて危ないところだぞ」と行く前に言っていた。その当時でさえ本当に久し振りに「土人」という言葉を聞いて笑ってしまったのを覚えている。
 大叔母とGさんは一足先にシンガポールに着いていた。僕と母と従姉は同じ飛行機でシンガポールに着いた。到着すると、どうやって僕が来ることを知ったのか僕の当時の取引先の人達が迎えに来ていた。
 迎えに来てくれていたのは頭にターバンを巻いたマレー系の人達であった。自分の娘(従姉)達をシンガポールで最初に迎えてくれて、ホテルまで車で送ってくれたのが、叔父がいうところの「土人」だったのだから可笑しくて仕方なかった。
 翌日皆で飲茶を食べに行った後で、大叔母、母、従姉は観光とショッピングへ出掛けて行った。僕とGさんはそれぞれ別行動をした。Gさんは現地の仕事関係の人達に会いに行ったり、シンガポールで行き着けにしているラーメン屋に行ったりしていたようだ。
 部屋を出たり入ったりしながら、久々のシンガポールを僕なりに楽しんでいるとGさんから連絡がありマッサージに誘われた。有名な足ツボマッサージが近くにあると言う。
 一度行ったことがあるというGさんについて行った。アジア特有の両替屋と何だか怪しい電器屋、カバン屋等が入った、ローカルフードやお香のような匂いが立ち込めるショッピングモールとは呼べないビルに入っていった。
 エスカレーターに乗り怪しい店の間を通り過ぎてくと、目指す足ツボマッサージのお店があった。店内は満員だったが、Gさんが電話を入れておいてくれたのかすぐに順番が回ってきた。
 マッサージをしてもらう部屋に入ると、プールサイドにあるような足を投げ出せるイスが5,6脚並んでいて全て日本人で埋まっていた。さすがに痛いのか悲鳴を上げている人もいた。
 第二の心臓と呼ばれている足の裏を刺激するので、具合が悪いところがあると痛いのだということをガイドブックで知っていた。その間近で悲鳴を上げた人はどこか悪いのだろうなと思っていると、その人がマッサージをしてくれているシンガポールの人に日本語でどこが悪いから今のツボを押すと痛かったのか聞いていた。そのくらいの日本語は分かるのであろうそのシンガポール人のマッサージ師は、ポツリと一言「アタマ・・・。」と言った。
 きっと、頭痛がありませんかという意味で言ったのだと思うが、何だか笑えた。お金を払って痛い思いをして、もちろん意味は違うけれど、「頭が悪い」と観光地で言われている人を見て何だか可笑しかった。
 当時は今では考えられないほど健康だったのだろうか、マッサージ中僕はほとんど痛みを覚えなかった。周りが悲鳴を上げている中で僕はうたた寝をしていた。悲鳴を上げていたGさんはその僕の様子を見て驚いていた。
 終わってから履いてきた靴がとても緩く感じた。むくみが取れたのだろう。足ツボマッサージは疲れも取れるし痛ければ体の悪いところ弱っているところが分かるのでちょっとした健康チェックになるなと思った。その後、シンガポールに来ると時間を見つけてはここに通うようになった。
 その旅での一番美味しい食事は冬瓜のスープだった。レコーディング等で世界中を回っているGさんがシンガポールならこれというものだった。予約は勿論お店と懇意じゃないと食べられないその冬瓜のスープをGさんは我々皆に食べさせてくれた。これは今でもまた食べたいと時々思い出す。
 マッサージと美味しい食事でリラックス出来たいい旅だった。Gさんと昼間からラッフルズ・ホテルのロングバーで、名物のシンガポール・スリングを飲まないで、流儀に従い落花生の殻を地面にいくつも落としながら、何杯もタイガービールを飲んだのもいい思い出だ。
 酒豪の友人が多いシンガポールには本当にご無沙汰してしまっている。僕は年齢を重ねた分酒量が落ちたが、彼らはどうだろうか? たまに貰うメールや絵葉書には必ず飲みに行こうと今でも書いてある。
 近々シンガポールへの旅行を本当に計画しよう。そして友人達と美味しいシンガポール料理を食べながら大いに飲もう。しかし、飲みに出掛ける前に足ツボマッサージに必ず行って現在の体調をチェックしてからにしよう。
 きっと悲鳴を上げながら、初めて行った時に痛いところが無くてうたた寝してしまった頃の体調が懐かしくなるだろうな。


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