『旅の必需品』

 この話は2009年4月に書いてトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第19作目です。

 近頃多くの企業が有給休暇とは別に長めの休暇を社員に与えているようだ。現在勤めている会社では年度末(外資系のため7月末)までに有給休暇とは別の「リフレッシュ休暇」を連続で5日間消化しなければならない。
 先日ようやくその「リフレッシュ休暇」を取ることができた。せっかくのまとまった休みなので旅に出ようと思った。
 しばらく行っていない所に行くか、まだ行ったことがない所に行くか迷った。まだ行ってない所に行ってリフレッシュしてみようと思い、ベトナムに行った。ベトナムの話はいずれ書こうと思う。
 今まで数多く旅をしてきたが、家族、友人、一人旅に続き最も一緒に旅をした頻度が高かったのはリチャードである。
 リチャードは航空会社に勤めていた時の本社側のカウンターパートであった。本社で何か新しいことが決まり、それをアジアに普及させる時には一緒にアジアを回った。
 新しい取引先(乗り入れ地の機内食会社)が出来た場合も、こちらの食器材管理のシステムを導入しトレーニングをするために手伝いに来てくれた。
 一緒に回ったところを思い出せるだけ列挙してみると、大阪、名古屋、福岡、北京、上海、香港、台北、高雄、サイパン、マニラ、クアラルンプール等に行った。複数回訪れた所もあるから回数にしたらかなりの頻度になると思う。
 リチャードは日本が大好きで時間を見つけては日本語を勉強して僕に日本語で話しかけてきた。サッポロビールを飲みながら餃子と枝豆を食べるのが日本にいると感じられる至福の時だと言っていた。欧米の人達にとって餃子は和食になるみたいだ。焼肉を和食と思っている人が多いのと同じだろうか。
 出張中の大阪での一日居酒屋で焼きおにぎりを食べさせたところ気に入ってしまい、僕が本社のミネソタへ出張の際には冷凍の焼きおにぎりを枝豆とともによく持参した。それから、娘さんと他のスタッフのためにポッキーを持てるだけ持って行った。
 自宅に夕食に招いてくれて、奥さんとともに自分の出身地のテネシーの料理を作って振舞ってくれた。あれはまたチャンスがあれば食べたいと思っている。
「リチャードとの旅」もしくは「リチャードとの珍道中」というタイトルでストーリーのシリーズが出来るほど逸話に事欠かないくらい思い出があるが、どうしても忘れられない話がある。
 あれはサイパンに行った時だったと思う。サイパンへ向かう機内だったか、夕食の席だったか忘れたが、リチャードがいきなり「海水パンツを持って来たか?」と聞いてきた。「持ってきてないよ。どうして?」と答えると、「これから海外出張へ出る時は海水パンツを持っていくものの “Top on the list” にして持っておいで」と言った。
 最初意味が分からなかったが、要するに海水パンツとはあくまでも例えで「仕事が終わったらせっかく海外にいるのだからその国やその土地を楽しみなさい」ということだった。
 自分ではオフの時間は気ままにしていたつもりだったが、その当時の僕はまだ海外出張に出始めたばかりだったのでどこか固さが見て取れたのだろう。
 その後は気兼ねなく海外出張の際には仕事の後自分なりにその国・その土地を楽しむようになった。そうして楽しめるようになったから、今こうしてストーリーを書く上で題材に事欠かないのだと思う。
 次にリチャードと出張に出た時に、「海水パンツ持って来たよ」と言うと、リチャードはニコッと笑いながらウインクをして親指を立てた。
 出張となると自分のための旅ではないから事情が異なってくるが、僕にとって旅の必需品は何だろうと考えてみた。それは最新鋭のツールや見栄えばかりの小物等ではなく、その国、その土地で何でも興味を持って接してみようという気持ちではないかと思った。その気持ちが高まった時が旅に出るタイミングであり、結果としていい旅が出来たように思う。
 今回訪れたベトナムも丁度そういう気持ちが高まった時に出掛けていったのでいい旅になった。この気持ちは再び訪れるところでも前回との変化を楽しむ上で必要だと思う。
 僕の旅の必需品リストのトップはワクワク感に近い「期待」だと思う。結果としてその旅が期待通りでも期待外れでも振り返れば楽しく思いで深いものになるはずだ。仕事が目的の海外出張でもほんの数時間の旅先での自由時間に対してその気持ちを持っていれば出張とは言えいい旅になると思う。
 リチャードは僕と同じように現在全く違う仕事をしているが、旅先や今でも住んでいるミネソタからたまに絵葉書を送ってくれる。
 娘のヘイリーちゃんはもう高校生になっていてチアリーディング部でバトンをやっていて全米の大会に出るほどの腕前だそうだ。幼い頃ポッキーのお礼に描いてくれた絵手紙は今でも大事に持っている。
 リチャードと一緒に仕事をしていた頃再びサイパンを仕事で訪れた時にスケジュールの関係で仕事のみで帰ることになったことがあった。
 真冬のミネソタから来たリチャードはビーチに行く時間がないことが分かると本当にガッカリしていた。
 後輩に薦められた鉄板焼きに夕食に連れて行ったがそれでもガッカリしていた。
 彼の旅の必需品である真冬のミネソタから一緒に旅してきた海水パンツはその旅ではスーツケースのスペーサーで終わってしまった。サングラスやミネソタでは着る機会がほとんどないアロハシャツも持って来ていたかもしれない。今でも思い出すたびに少々申し訳なく思う。ごめんね、リチャード。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?