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『蝦蛄(シャコ)』(旅先で食べたもの・17)

 この話は2020年5月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第151作目です。

 自粛要請で外出がままならなくなった。空港で虫干しされているかのように駐機しているたくさんの航空機を映像で見た。尋常ではないものを感じた。旅なんて夢のまた夢になりつつある。すごい世の中になってしまったものだ。

 今回も2019年5月に再訪した香港の話のつづきを。この話を読んでいる間だけでも自粛を忘れていただけたらと願う。

 滞在2日目。この日の夕食は海鮮料理と出発前に決めていた。香港での海鮮料理の夕食は毎回旅のハイライトだ。

 香港らしい食事となるので再訪を祝う意味では到着日でもよかった。しかし、何度も訪れたところでも到着即ではその土地の空気や水に馴染んでいない。馴染むまで少々時間が必要だ。

 帰国前日は意識が仕事のことなど帰国してからのことに支配され始めている。徐々に現実に戻され始める。加えて荷造りや出発時間が楽しむ気持ちにじわじわと制約をかけてくる。海鮮料理をゆっくり楽しむのは滞在2日目か帰国前々日がいい。

 生簀で泳いでいる魚を選んで調理してもらう広東の海鮮料理。真っ先にあがる地名は西貢だろうか。一度連れて行ってもらったことがある。鯉魚門には何度連れて行ってもらったかわからない。ここで広東の海鮮料理の美味しさを知った。

 どちらも地元の人たちや観光客で賑わっている。しかし、現地の人と一緒でないと言葉の問題で注文に四苦八苦する。食材は時価なので料金も交渉できないとボラれたりするようだ。

 そういった苦労不要の店が跑馬地(ハッピーバレー)にある。跑馬地で海鮮料理といえば、香港好きの方ならきっとご存知のあの店だ。あえて店名は記さないでおく。

 英語が通じる店なので、いつもは日本から忍ばせてきた店のショップカードを見ながら直接予約の電話をホテルの自室から店に入れる。今回は朝ごはんのお店を教えてくれたホテルのコンセルジュに予約を頼んだ。問題なく希望の18時での予約が取れた。

 滞在している九龍から跑馬地にある店へはスターフェリー(天星小輪)で中環(セントラル)に渡り、中環からタクシー(的士・・・これは漢字にすることはなかったか)で行く。

 香港でスターフェリーに乗るのはこのときだけになって久しい。再訪しても特別な買いものをしなくなり、中環周辺へは足が遠のいたからだ。行く際はMTRを使うので・・・。

 ホテルから5分も歩くと微かに潮の香りがしてくる。目の前はスターフェリー乗り場だ。入場の際は小銭を入れてバーを回転させて入る・・・のだが、MTRに乗る際に使うOCTOPUS(IC乗車券)をタッチしても入れるようになっていた。約7年ご無沙汰しているうちに旅の風情が失われた感じがした。ぴったりの額の小銭を都度用意していた頃が懐かしい。

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この写真は約7秒の動画から切り取りました。本当はその動画をここに載せたかったのですが、現在の「みんなのストーリー」のフォーマットでは無理とのことでした(涙)。

 日没が迫りつつある好天の下での「約10分のクルーズ」の後に中環に到着。持参した店のショップカードをタクシーの運転手に見せた。運転手が頷いてショップカードを返してきたのを合図に母とタクシーに乗り込んだ。

 夕方の渋滞に巻き込まれる時間帯だか、毎回タクシーから見るこの時間帯の中環の景色は好きだ。仕事を終えてバスやトラムを待っている人たちが見える。中環はビジネス街の表情も持っている。街並みも九龍とは少々異なって面白い。

 競馬場のナイター照明が見えてくると跑馬地だ。そのときは照明が点いていた。レースがあるのだろうか。JR総武線が水道橋駅に入る際にかつての後楽園球場のナイター照明が見えてきたのを思い出すのはこのとき。

 後楽園球場の照明には行われている試合を想像してワクワクさせられた。跑馬地の競馬場の照明には海鮮料理まであと少しとワクワクさせられる。

 車は競馬場をぐるりと回るようにして目指す店へ。競馬場の各出入口の英語の表現が英国式だった。返還後徐々に消えつつある英国色がここにはまだ残っていた。

 街並みがまた香港に戻る。トラムや店名のネオンと生簀、見覚えのある店構えが見えてきた。戻ってきたと思った。

 タクシー代を払っていると、母が生簀の写真を撮ってくると言ってスマートフォンを片手に走り出そうとした。テーブルに着いて注文を終えてからと言って止めた。

 ここで食べるものは決まっている。英語が上手く客あしらいに長けた初めてのウエイターと話しながら注文を終えた。母が生簀の写真を撮りたい旨を伝えると気持ちよく案内してくれた。

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生簀にて。奥の1匹と手前の3匹がそれぞれ絶品の海鮮料理になります。

 母が生簀から満足そうな表情で戻ってきた。何度も訪れているこの店で生簀へは毎回足を運ぶが、母が写真を撮ったのは初めてであった。そんなことを思っているとビールと前菜が出てきた。

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前菜はごはんが欲しくなる美味しさでした。ビールが進みました。

 ビールを飲んでいると生簀で選んだものが料理に形を変えて次々と運ばれてきた。この店での我々のメインディッシュは蝦蛄のにんにく揚げである。特に母はこれが食べたくてここにくる・・・というか香港まで来る。

 蝦蛄というと多くの日本人が最初に出会うのは鮨ではないだろうか。初めてこの料理を食べたときにこれが蝦蛄だと教えられて、紫がかった身の色のあの握り鮨の蝦蛄とはなかなか結びつかなかった。

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生簀の写真の手前の4匹は蝦蛄でした。香ばしい匂いをさせながら運ばれてきました。

ハサミを使って殻を切って身を取り出して、手をにんにくの効いた衣で油まみれにしながらかぶりつく。これが蝦蛄のにんにく揚げの食べ方だ。

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ハサミを使って殻から取り出した蝦蛄の身はこんな感じです。食感はご想像の通りです。

 母は必ず小さいサイズの白飯をもらい、蝦蛄の旨味、醤油、にんにくがしみた衣をご飯にかけて食べる。この料理が出てくると母は無言で蝦蛄と格闘する。親子での外食が普段のひとり飯となる。

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母が黙々と食べた「オンザライス」(笑)。蝦蛄を食べてあとで皿に衣がどっさり残るので、店のほうからごはんは要るかと尋ねられることもあります。

 チーズロブスターもきた。チーズを楽しむためのバケットも一緒だ。これも海鮮料理の定番だろう。ロブスターから出た旨味がしみたチーズをバケットで食べたくていつも注文する。バケットを追加することもある。

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生簀手前の1匹はロブスターでした。これはバケットが止まりません。ロブスターの下にパスタが入っているものもあります。それについてはまた改めて書きます。

 かつてはさらにガルーパ(ハタもしくはクエといえば伝わるだろうか)を蒸したものも必ず食べた。今回は母と二人で食べきる自信はなく控えた。

 シメのチャーハンがきた。私のメインディッシュは実はこのチャーハンなのだ。具はネギと卵白のみ。この上なくシンプルで美味しい。これが食べたくて香港に来ると海鮮料理屋へ行くと言える。ウエイターが気を利かせて一人前サイズにしてくれた。

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これは本当に美味しいです。食べるたびに世界のチャーハン好きに本当に食べさせたいと思う逸品です。お米は恐らくタイ米だと思います。

 小碗によそって堪能した。そのままでも美味しいが、ガルーパを注文していればガルーパにかかっている醤油味のタレをかけても美味しい。

 綺麗に空いた皿が下げられるとデザートがきた。プリンが2種類とココナッツがかかった餅だ。プリンのチョイスは母に任せた。母が選んだのはドリアンとマンゴ。迷わずドリアンを選んだところに母のフルーツ好きと旅と食の経験豊富なところを見た。

 私は餅だけを食べた。このココナッツがかかった餅はここのデザートの定番のようで毎回出てくる。結構好きなのだ。

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ドリアン(上)とマンゴー(下)です。ドリアン・・・私はもう少し修行が必要かと(苦笑)。

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ココナッツがかかった餅です。甘さ控えめで美味しいです。

 入れ替えてくれたお茶をゆっくり飲んだ。落ち着いてくると久しぶりの広東スタイルの海鮮料理に結構夢中だったことに気が付いた。ギックリ腰の煩わしさも忘れていた。

 母は大好きな蝦蛄を香港の馴染みの店でまた食べられてとても満足していた。元気な食べっぷりを見て安心した。街中を一緒に歩いていても足腰は全く問題なし。お互い健康に気をつけてここへはこれから何回も一緒に訪れたいと思った。

 以前のように旅を楽しむために予算やエネルギーを貯める時期。そして体調を整えている時期。そう思えば「自粛」や “Stay Home” は悪くはない・・・と思いたい。

追記:

この香港再訪の旅に関してはこれまで「初めてと久しぶり」「旅先で食べたもの・15」「変わらない」「初店」というタイトルで書きました。未読の方は是非。


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「おとなの青春旅行」講談社現代新書                「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


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