見出し画像

『Barにて・2』

 この話は2013年5月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第67作目です。

 日常会話の中のふとしたことが切っ掛けになり、一日慌てて手持ちのマイルをチェックした。危うくJALのマイルがあと一月で有効期限切れになるところだった。国内をどこか一往復するとほぼ使い切る残数だった。航空券に換えれば有効期限が90日延びるということを知っていたので、すぐに手続きをした。手続きをしながら、マイルは航空会社から顧客に対しての感謝の気持ちのはずなのに、有効期限があるとはいかがなものかと思った。「期限付きの感謝の気持ちってなんだ?」と一瞬毒突きたくなった。手持ちのマイルの期限を期限切れ間近で知ったときに、トラベラー各位も同じ思いをしたことがあると思う。

 約2年前に、同じように手持ちのマイルの有効期限が迫っていることに気付き、慌てて行き先を鹿児島に決めて短い旅に出た。今回も最初はしばらくご無沙汰している札幌に行こうかと思ったが、旅の計画を立て始めた3月の下旬の時点で、北海道は不安定な気候が続いていたし、まだまだ雪深い様子だったので断念した。会いたい方々がたくさんいるのに本当に残念だった。

 それならば、鹿児島を再訪して、初めて訪れて以来また飲みたいとずっと思っていた本場の美味しい焼酎を飲もうと思った。桜島再訪と市電の乗り尽くしももちろん再訪時にしたいことだったが、一番の目的はあの焼酎バーへの再訪だ。前回宿泊したホテルで入手したインフォメーションから、“酒呑みの嗅覚”で選んだあの一軒のオーナー兼マスターとは、以来年賀状のやり取りを続けている。

 この4月のある週末、鹿児島に約2年振りに降り立った。そのバーは夜8時開店なので、夕食を済ませてから行った。夕食の黒豚のしゃぶしゃぶに本場の焼酎を合わせたかったが、そのバーでの最初の一杯を大切にしたかったので、夕食時にはビールを飲んだ。この感覚を酒呑みなら理解できると信じたい。

 事前に連絡等一切せずにフラリと再訪した。年賀状のやり取りはあるとはいえ、約2年前に一度しか訪れていないのに、オーナーは私のことを覚えていてくれたのが、重厚な扉を押開けて店内に入ったときに分かった。カウンター席に腰を落ち着けておしぼりで手を拭いつつ、前回と同じようにオーナーにお任せで、東京では飲めない焼酎をお願いした。ふとバックバーに目をやると、焼酎の種類が以前よりかなり増えているように見えた。

画像1

カウンター越しに見た圧巻のバックバーです。焼酎の博物館のように見えます。店内のこの仄暗さがバーのいい雰囲気を出していますが、実は焼酎の品質のために酒蔵の中に近い暗さにしているのではないかと勝手に想像しています。

 待ちに待った第一杯目を、一口喉に流し込んだ時に、再訪出来た喜びが湧いてきた。本当に美味いったらなかった。やはり普段東京で、当たり前だが、自宅で飲む一杯とは違う。一杯毎にセンスの良い異なった陶器で供される焼酎のロックが美味しくて、どんどん進んでしまった。カウンターに並んで座った初対面の人達ともいつの間にか話をしていた。これがバーのいいところで、旅先なら尚更である。

画像2

画像3

画像4

オーナーにお任せで今回出していただいたものの「ほんの一部」(笑)。 「たなばた」はラベルがひらがな表記のものは希少なのだそうです。

 2日間の鹿児島滞在で、2日とも一日の締めはこのバーになった。今回の新たな発見は、芋焼酎のアテに、あの昔ながらのお菓子である芋けんぴが合うことだ。お通しの小皿が空いたタイミングでオーナーが出してくれた時に、何故お菓子をと思ったが、予想外の相性の良さに驚いた。この旅での焼酎好きへのお土産に、現地で入手した焼酎の他に芋けんぴを加えたのはお察しの通りである。

 少々敷居が高そうに見えるこのバーも、女性の一人客が意外に多いことに驚いた。しかし、店内は隅々まで清潔、オーナーの接客が丁寧で、こちらの好みにあった焼酎を美味しく出してくれるので、それも頷けた。

 偶然隣り合わせた女性の一人客と少々長い時間話をした。お互い名前を名乗らずに、またいつかここで再会しましょうと言って別れた。こんな一瞬も旅先ならではである。トラベラー各位で焼酎好き・酒好きの方は是非一度このバーを訪れることをお薦めする。ここはその土地の名産(この場合はもちろん焼酎)で旅先を感じられるところでもある。天文館にあるというヒントだけ記して、詳細はあえて伏せるので、トラベラー兼酒呑みの嗅覚で探し当てていただきたい。

 もし上手く辿り着けて、このストーリーを読んだ旨をオーナーに伝えたら、オーナーはきっとこれ以上はないという笑顔で、好みにあった一杯を背後のバックバーにある500数種類の焼酎の中から選んでくれるはずである。そしてその一杯は旅の思い出となり、忘れられない一杯となるに違いないだろう。

 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?