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『いつかそこへ・4』

 この話は2017年6月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第116作目です。

 2017年2月より作家・伊集院静さんの著書の出版が続いた。3月末までに私が入手した小説1冊、雑誌に連載しているエッセイをまとめたもの2冊の他にも単行本を文庫にしたものなどが立て続けに書店に並んだ。伊集院さんは単行本を出すとほぼ毎回都内のどこかの書店でサイン会を行う。自分のスケジュール帳を見てみると、2月から3月にかけて入手したその小説1冊とエッセイ2冊に対してそれぞれサイン会が行われており、計3回サイン会に足を運んでいた。いくらファンでも興味がある本、出るのを待っていた本以外のサイン会へは行かないので、これは私にとって手に取りたい本が立て続けに出版されたことを意味している。  

 サイン会は毎回どこの書店でもほぼ100名限定で、対象書籍購入時に整理券が希望者に配布される。伊集院さんのサイン会に足を運ぶようになって5、6年になるが、ここ1、2年の整理券が捌けてしまう早さといったらない。一瞬とはこのことと言っていいほどの早さだ。伊集院さんのウェブサイトに告知が載った時点では既に遅いことが多く、整理券を手に入れるには、新作が出る情報をメディアで得た時点で今回はここかもしれないと予想をしていくつかの書店のウェブサイトのイベント情報をこまめにチェックする必要がある。  

 サイン会にやってくる方々がそれぞれどのようにして整理券を入手しているのか知りたいところではあるが、毎回お見かけする方が少なくない。様々な方がいらっしゃるが、敷居が高層ビルにも届く梯子車の梯子を使っても届かないくらい私にとっては高過ぎる酒場の女性たちとお見受けする方もいる・・・それも1人や2人ではなく。その様子を目にする度に、いくつも読んできたお酒に関するエッセイに現実味が増す気がする。サイン会のために遠方から旅をしてきたのではとお見受けする方もいる。好きな作家に会いにちょっと東京までという旅も悪くはない。道中の友はその作家の著書だろうか。

 サイン会にやってくる方々は、自分の順番がきてサインを書いていただくほんの数分の間の伊集院さんとの会話を楽しみにやってくる。中には人生経験が豊富な伊集院さんにあえて叱られたくてくる方もいるとかいないとか・・・。

 伊集院さんといえば、読後に読者の心に必ず何かを残していく小説や人生経験がないと書けないエッセイの執筆はもちろんだが、ご存知の通り作詞などもなさっている。お名前を聞いて、やはりお酒とギャンブルだろうと思う方も少なくはないだろう。エッセイでも旅に関する著書も多く、私は特に旅に関する新作が出るのをいつも楽しみにしている。

 旅に関する著書の中では、私は『作家の愛したホテル』が一番好きだ。沢木耕太郎氏の『深夜特急』を若い頃に読んで、年齢を重ねてから本の通りのルートで旅をする方が多いと仄聞したことがあるが、私は『作家の愛したホテル』に出てきたホテルを泊まり歩いてみたいと思っている。今年に入って何度かポルトガルに関して書いたが、未踏の地ポルトガルを初めて訪れた際に滞在するホテルはこの本に出てきたホテルにしようと決めている。

 旅先で見聞きしたことはこういう受け止め方もあるのだということを学んだ『旅だから出逢えた言葉』、私はたった2度しか訪れてはいないが、パリの印象が変わった『旅人よ どの街で死ねるか 男の美眺』など、トラベラー各位もお読みになった作品が何冊かあるかもしれない。

 『アフリカの王』という小説もお読みになっただろうか。私の知る限り、伊集院さんの小説で海外が舞台となるのは稀であるが、この小説はアフリカが舞台だ。日本で出版社に勤めていた日本人の男がケニアに旅行者向けのロッジを建てることを決意して取り組んでいく話である。小説『アフリカの王』は、私が最初に出逢ったときは既に文庫化されていて上下巻で出ていた。現在でも書店に並んでいる。そもそもは単行本で『アフリカの絵本』というタイトルで、それも単行本でありながら上下巻で2000年に出版されたとのことだ。ウェブサイトでその単行本の表紙を見たが、タイトルの通り絵本を思わせる表紙であった。リアルタイムで初版本を入手して読みたかったと思った。ちなみに手元にある文庫版の『アフリカの王』は上下とも2003年出版の初版本である。

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表紙を見て、“ああ、読んだ。”と思ったトラベラーの方もいらっしゃるのでは?未読の方には是非お薦めします。このカバーもいいですね。

 私の中のこれまでのアフリカのイメージは、見渡す限りの大自然、たくさんの野生動物、独特の民族衣装に身を包んだ数々の部族、靴を履かず裸足で生活している人がほとんど・・・といったところだった。自分の抱いているイメージが結構貧相だと書きながら改めて思った。そもそも動物はそれほど好きではないし、アウトドアやキャンプなどはNGなので正直アフリカには大して興味はなかった。30年来の友人が20数年前にアフリカから絵葉書を送ってくれたことを思い出して去年探したことがあった。民族衣装に身を包んだ女性たちがずらりと並んだ絵面を覚えていたので、探し当てるのにそれほど時間はかからなかった。しかし、見つけたときに唖然としてしまった。その絵葉書はアフリカからではなくインドネシアのバリからだった。何とも情けない気がするが、私のアフリカに対するイメージはその程度であった。

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いつから誤解し始めたのか分かりませんが、これが長い間アフリカから届いたと信じていたインドネシアのバリから届いた絵葉書です。よく見ると全くアフリカ的要素がありませんな(苦笑)。

 その程度のイメージしかなかったアフリカでも、ケニアへ行ってこの小説に出てきた朝日が昇る直前の明け方の大きな空やロッジからマサイ・マラの草原にかかる虹を見たくなった。小説に出てきたそのロッジは、その後に出たエッセイを読むと、どうも実在している様子だ。伊集院さん曰く特にそのアフリカの夜明けは地球に対する概念が変わってしまうほど美しいとのことだ。しかし、天候に左右されるので虹はそう簡単に見ることはできない。虹を見ることができなかったとしても、虹よりも見える確率が高い夕陽を、ウイスキーやよく冷えたビールでもいいが、ここは是非ラムを飲みながらゆっくり眺めたいと思った。未踏の地が舞台の小説を読んでその地に興味を持つという経験を久しぶりにした気がした。

 周囲をぐるりと見渡してみると、昨今の旅関連のSNSやテレビ番組、雑誌などでもアフリカが結構な頻度で取り上げられていた。雑誌もPenとCoyoteが約二ヶ月の差で特集を組んでいた。切り口が異なっているので読み比べると面白い。その異なる切り口に改めてアフリカの広大さを知らされた。

 以前インドに関してタージ・マハルのみを観て帰ってくる弾丸ツアーがあれば参加してもいいかもしれないと書いたことがあった。ラムを飲みながら『アフリカの王』に書かれている景色を眺めることができるなら行ってみてもいいかなと、アフリカ(この場合はケニアか)に対してもインドとほぼ同じような、“長居はせずに観たいところだけ観て帰るところ”というイメージを抱いていた。ところが立ち寄ったら面白そうだなと思ったところや、美味しそうだなと思った食べものをいくつもこの話を書くにあたって目を通した雑誌などで見つけてしまった。しかし、アフリカと一言でいっても果てしなく広い。本当に広い。それに“アフリカ”という国はないということをもう一度認識する必要がある(私だけかもしれないが)。エジプト(今回アフリカ大陸にある国であることを再認識)もケニアもモロッコも南アフリカもアフリカである。訪れるなら先ずは本を読んでアフリカのイメージが変わり、この目で見てみたい景色があるケニアだろうか。それとも、一度はスフィンクスをこの目で見たいと思っているエジプトが先だろうか。料理が美味しそうなモロッコも何だか惹かれる。そうこう思案しているときに、アジアへ行ってみようと思った他の大陸に住んでいる人たちも同じように、日本じゃない、中国じゃない、タイじゃないなどと思案するのだろうなと思った。

 これからもアフリカに関して様々なことを見聞きするだろうし、アフリカに対する印象も都度変化するはずだ。将来自分自身がアフリカ大陸に足を踏み入れたとして、そこがどこなのか、何を目的として訪れたのかが今から楽しみである。ここには書いていない全く別の目的で、この話には出てこなかった思いもよらない地名のところに降り立っているかもしれない。そのときには、2017年に書いたこの話を改めて読んでみて、自分の中でアフリカへの思いがどう変わっていったかを振り返ろうと思う。

 そのアフリカの旅から戻って、もし伊集院さんのサイン会に行く機会があったら、サインを書いていただく間の数分間のお話タイムで初めてのアフリカの旅の話を一方的にお話させていただこうと思う。伊集院さんの周りを囲んでいる書店や出版社の関係者の方々に丁寧に摘み出される前に伝えたいことを伝えきることができるだろうか。それは欠かすことなく毎月一作ここに旅の話を書くことより難しい気がする。

追記:                               『作家の愛したホテル』は帯を読んだだけでもワクワクしてしまいます。 いいなと思ったホテルのページには付箋を貼りながら読みました。この話を書く際に久しぶりにページを繰ってみましたが、何とエジプト、モロッコ、ケニアのページに付箋がしてありました。これだけたくさんの世界中のホテルについて書かれているのに、訪れたことがある街はいくつもありましたが、滞在したことがあるホテルはその中に一軒もありませんでした。   この本を贈りものにしたこともあります。文庫にならず単行本のままで版を重ねて欲しい一冊です。雑誌の連載の後の2009年に出版された本なので、中にはもう存在していないホテルもあるかもしれません。しかし、いまでも特に未踏の地の宿泊先を検討する際には、先ずこの本を手に取ります。

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