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『週末ちょっと早起きしてシンガポール』

 この話は2021年1月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第159作目です。

 旅が自由に出来なくなってもう間もなく1年になる。2020年が明けたときは誰もがこんな世の中になるとは思いもしなかった。

 極端な言い方をすれば、県境を超えるのも気を使わなければならない世の中になってしまった。すっかり定着したかに見えた週末を使っての海外への旅も夢のまた夢になってしまった。

 食べたくなるローカルフードがいくつも思い浮かんでくるが現地に食べに行くことができない。そんな思いと日々格闘しているトラベラーは多いかもしれない。

 自由を奪われるともがくのが人間の性。旅がままならず旅先で当たり前に食べていたローカルフードが食べられないとなるともがくのはトラベラーの性だろうか。

 シンガポールの朝ごはんの定番であるカヤトーストを知ったのはいつだったか。カヤトーストとは、こんがり焼いたやや薄めのトーストにカヤジャム(成分は砂糖、卵、ココナッツミルク、パンダンリーフ等)をたっぷり塗り、薄くスライスしたバターを挟んだもの。温泉卵を絡ませて食べる。飲みものはコピ。コンデンスミルクの入った甘いコーヒーである。

 航空会社に勤めていて仕事や休暇で頻繁にシンガポールを訪れていた頃はカヤトーストのカの字も知らなかった。現地の友人・知人に薦められたこともなかった。

 当時の自社便でのシンガポール到着はちょうど日付が変わる頃。仕事で訪れた際には到着して朝6時台に成田に折り返すフライトに搭載する機内食をチェックするためにそのまま働くことが多かった。そのためシンガポールの朝ごはんの記憶はほぼない。休暇で訪れたときでも飲茶へ行ったりホーカーズへ行ったりすることが多かった。

 カヤトーストを偶然知ったのは、30年近くシンガポール好きを自負していながら、直近の再訪の2010年以降だ。ご無沙汰していたシンガポールが懐かしくなり、インターネットでシンガポールを検索していて出逢ったのだろう。

 シンガポールに本店があるカヤトースト専門のお店が豊洲のショッピングモールにあることと、別ルートだったが、そのお店のカヤジャムを通販で買えることをそのときに知った。

 早速豊洲のYa Kun Kaya Toastへ行ってカヤトーストを食べてみた。初めての味だった。先ずはその甘さに驚かされた。旅の経験が乏しかったら、きっと「なんだこれは!」で終わっていたかもしれない。しかし、慣れたらこの朝ごはんも悪くないとそのとき思った。どことなくシンガポールとアジアを感じ取ったのかもしれない。

 豊洲のお店へは頻繁に行かれないので、カヤジャムを通販で取り寄せてカヤトーストを自宅で再現してみた。カヤジャムとバターの量の調節を続けて自分好みのカヤトーストが完成した。出勤前の朝ごはんのチョイスのひとつとなった。

 カヤトーストとカヤジャムの発祥は諸説あるようだ。イギリス船の厨房で働いていた海南人が入手困難だったジャムサンド用のフルーツジャムの代わりに身近にあるもので作ったという説。Ya Kun Kaya Toastの創業者夫妻が開発した説など。

 あれは2011年の震災後しばらくしてからだっただろうか、Ya Kun Kaya Toastが日本から撤退した。その後間も無くYa Kunのカヤジャムの輸入も止まった。

 残念ながら閉店してしまった海南チキンライスが美味しかった中目黒のFive Star Caféで売っていたカヤジャムも美味しかった。確かホームメイドだった記憶がある。トラベラーズファクトリーを訪れた際にチキンライスを食べに寄ってカヤジャムを購入したトラベラーも多かったと思う。

 2015年くらいにふと思い出してカヤトーストが食べたくなった。Ya Kunのものは手に入らない。Five Star Caféも材料が調達できないとかでずっと欠品。この話を書く上で少し調べてみたが、どうも材料の一部が家畜伝染病予防法に触ったようである。以前書いたシンガポールのポークジャーキーと同じ状況だったのだろうか。

 外国で普通に食されているものが日本で食べられないなんてことがこのご時世あるのかと思った。ジャムである。インターネットで探してみた。二種類輸入されていることが分かった。

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2015年頃に輸入食品のお店で見つけたものがこれです。

 通勤途中にある輸入食品のお店で入手した。確かにカヤジャムではあったがひと味違って感じた。それからまたカヤトーストもカヤジャムも自分の中では遠くに追いやられて行った。

 このコロナ禍で自宅にいる時間と本を読む時間が増えた。好きな旅先のことを考える時間も増えた。2020年になってシンガポールの話を書いているときにカヤトーストのことをふと思い出した。

 最寄りの駅ナカにある輸入食品のお店に立ち寄ると普通にカヤジャムが置いてあった。朝ごはんのチョイスに自己流のカヤトーストが再び加わった。

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2020年になってふとカヤトーストを思い出して見つけたのがこれです。これはいまでも手に入ります。

2020年の夏にYa Kun Kaya Toastの日本再上陸を知った。場所は新宿西口。直近の週末に早速行ってみようと思った。

 お店はビルの地下にあった。飲食店が並んでいる中Ya Kunだけ煌々と明るかった。飲食スペースはホーカーズを思い出すほど広い。

 カヤトースト、温泉卵、コピのセットを選んだ。レジ横には瓶に入ったカヤジャムを売るための棚があった。棚は空。長い未入荷が続いていたようだった。お店で使っている上にシンガポールでは毎朝普通に消費されているのに不思議だった。日本まで貨物機ではなく貨物船で運んでいるのだろうか。

 支払い後に渡されたビーパーが鳴りセットを受け取りに行った。温泉卵におそらく日本のものではない醤油をかけて自分の席まで運んだ。

 カヤジャムが塗ってありスライスしたバターが挟んであるカヤトーストに醤油がかかった温泉卵を絡ませて食べてみた。初めての味がした。そしてコンデンスミルクの入った甘いホットのコピをひとくち。口直し用の水を用意しなかったことを後悔した。

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これがシンガポールの定番の朝ごはんです。いかがですか?       興味が湧いた方は是非一度シンガポールの朝を感じに行ってみてください。

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せっかくなのでトレイライナーをもらってきました。こういった「食べ方指南」的なものって旅先で観光客向けにありますよね? チキンライスのお店で同じようなものを見た記憶があります。

 あの暑いシンガポールでは「断食破り」にこれくらい甘いものが欲しくなるのかと思った。シンガポールは朝からかなり暑い。その暑さの中出勤や通学、力仕事をするのに必要なカロリーを起き抜けに口当たりよく摂るとなるとこうなるのだろうか。

 驚いたりいろいろと考えたりしながり結構な甘さのモーニングセットを完食してしまった。決して嫌いではない。あの暑いシンガポールで同じものを食べた後の自分の反応が知りたくなった。温泉卵に醤油と同じく用意されている胡椒を振ったらどうなるだろうかという興味も湧いた。

 ホーカーズを思い出させてくれる雰囲気の店内でこのシンガポールのモーニングセットを食べながら次回再訪に想いを馳せるのも悪くない。「新宿のシンガポール」に再訪決定だ。

 JR新宿駅の改札の位置がホームに続く階段と平行になった。東口から西口への通り抜けがスムーズになった。改札を出て右に行けばベルク、左へ行けばYa Kun。どちらも旅先を感じられるところだ。朝ごはんを何にするか決めずにとりあえず新宿に降り立った場合、改札を抜けた後でしばし立ち尽くすのが確実となった。

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Instagram用に撮った一枚。シンガポールでこれと同じ写真を撮れる日が早くきて欲しいです。

 次回の再訪では毎朝異なるお店でカヤトーストの朝ごはんを食べてみようと思っている。情報は既に収集済み。

 コロナが終息し、以前のようにシンガポールを訪れることができるようになるまで、あと何回新宿へ「シンガポール」を感じに来ることになるのだろう。カヤトーストと温泉卵を食べ終え、東口のベルクへ行ってブレンドコーヒーで口直しをしたくなるくらい甘いコピを飲みながらそう思った。

 コピに慣れるのが先か、コロナが終息してのシンガポール再訪が先か・・・。ベルクで口直しをしながらもう少しシンガポールに想いを馳せようと思い席を立った。

追記:

1. Ya Kunのカヤジャムは2020年11月に再訪したときには棚一杯に再入荷されていました。12月に訪れたときにもあったので再購入しました。

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2. シンガポールの旅に関してはこれまで「旅先で食べたもの・2」   「社会科見学」「旅先で食べたもの・6」「旅先で食べたもの・9」  「Barにて・3」「サテーでひといき」「導かれて」「Barにて・4」という タイトルで書きました。未読の方は是非。

3. 文中に出てきました新宿のベルクに関しては「その角を曲がってみると・・・」というタイトルで昨年書きました。こちらも未読の方は是非ご笑覧ください。


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「おとなの青春旅行」講談社現代新書                「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


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