『訪れた証(あかし)・ 2』

 この話は2009年1月に書いてトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第16作目です。

 僕が大好きな旅のエッセイ「空翔ぶ不良」の著者である百瀬博教さんがお亡くなりになってもう1年だ。南青山にあった「勉強部屋」と呼ばれていた書斎兼事務所には何度もお邪魔させていただいた。
 本やDVD、歴史があり高価な調度品、ご自身がお描きになった力道山の大きな絵、スノードームやあちらこちらから集まってきたグッズ等が所狭しと置かれていた。
 その中で思わず凝視してしまったものがある。フレームに入った絵葉書である。この絵葉書は著書にも出てきたもので、1961年に故石原裕次郎氏が百瀬さんへカイロから宛てたものだ。
 百瀬さんと石原裕次郎氏との関係はここでは割愛させていただく。フレームの中の絵葉書の文面は達筆で色褪せることなく当時の空気が封じこまれているようだった。絵葉書をフレームに入れて飾るとなると絵を見えるように飾るものだか、文面が見えるように飾られていたことも興味深かった。
 友人や家族からの旅のお土産で何が一番嬉しいかと聞かれたら、僕は間違いなく旅先から送ってくれた絵葉書と答える。スノードームは2番目。図柄は何でも構わない。機内で手に入れた葉書でも、ホテルの部屋に備え付けられている机の引き出しの中にある葉書でも、旅先の土産物屋で買ったものでも何でも嬉しい。
 旅先で僕宛に出す葉書に向かっている時間は僕のことを思い出してくれている訳だから、こんな素敵で嬉しいことはない。書き上げた後も海外の場合は現地の郵便局やホテルのフロント等で切手を調達しなければならない訳だから結構大変なのだ。
 投函されて僕の手元に届くまでもリレーのように数々の人達の手を経てくる。そんな現地の匂いや書いてくれた方のその時の心情などが凝縮された絵葉書を郵便受けに見つけた時の喜びといったらない。
 旅先、特に海外から絵葉書を書き始めたのはいつ頃からだろう。多分高校1年の時に行った2度目のハワイの時からだったと思う。時期は年末年始で友人達に年賀状をハワイの絵葉書で出した。
 その後ハワイを訪れる度に立ち寄ることになるワイキキの郵便局へ行って切手を買って投函したのを覚えている。年賀状を兼ねて出した初めての海外からの絵葉書は年内に届いてしまったというオチが付いたがいい思い出だ。
 旅先からいただいた絵葉書や手紙は送ってくれた方のその場所を訪れたという証をいただいたことにもなると僕は思う。
 いただいた葉書や手紙を眺めながら「あ~、誰々さん○○へ行っていたのか~。どんな旅だったのだろう?」等と思いつつも、その場所を訪れたということを受け止めておかなければと思う。僕も行ったことすら忘れてしまった旅もあるが、必ず現地から友人達に絵葉書を送っているので僕の「訪れた証」はどこかに残っているはずだ。
 昨今名所に落書きを残してくる不届き者が後を絶たないが、訪れた証をどうしても残したいのなら、落書きではなく友人達宛てに(この場合自分宛でもいいだろう)絵葉書を書いたらどうだろうと思う。こんなに旅人らしい残し方はないと思うのだけれど。
 僕は旅先からよく絵葉書を書く。普段の生活でも近況報告などは絵葉書でする。ほとんどE-Mailはしない。現在は以前に比べて旅をする機会が減り、旅先から絵葉書を出す機会も減った反動かもしれない。
 こんな僕の絵葉書を旅先からのものでなくても楽しみにしてくれている人達が国内外にいる。食事に行った浅草、銀座、横浜、散歩に行った柴又帝釈天のもの等は海外の友人達にとっては面白いものだったかもしれない。
 その楽しみにしてくれている人達も近況報告はもちろん自身で旅をすると旅先から絵葉書を送ってくださる。先日ここ数年の分に限りではあるが、旅先からいただいた絵葉書を無印良品で買ってきたホルダーに整理してみた。どこにも無い素敵な写真集が出来上がった。
 絵葉書の絵はもちろんだか、貼られている切手がいい味を出してくれている。友人が送ってくれたスコットランドのストラシア蒸留所からの特大のもの、これはホルダーには入らないのでずっと玄関に飾ってある。後輩が送ってくれたルーマニアからのもの、母がポーランド、エジプト、クロアチア、スロベニア等から送ってくれたもの、台北の友人が送ってくれた台湾の花蓮からのもの等々列挙しきれないほどだ。
 学生の頃イギリスのコルチェスターにホームステイをしたことがある。その家のお母さんとは亡くなるまで絵葉書の交流が続いた。そのお母さんの死去を知らせてくれたまだ一度もお会いしたことがない娘さんとは以来絵葉書を通じて今も交流が続いている。
 年末にいただくクリスマスカードにはご家族一人一人の近況が書かれた手紙が必ず同封されている。その手紙には僕からの絵葉書を楽しみにしていて、本にして保存していると必ず書いてある。亡くなったお母さんと同じように夏のバカンス先からも必ず絵葉書を送ってくれる。去年いただいたものはキューバからだった。
 ニューヨークにいる従姉の義母も僕からの絵葉書を楽しみにしてくれている一人だ。毎年寒い時期を過ごすフロリダからや旅行先から必ず送ってくれる。昨年はアイルランドとローマから送ってくれた。いただいた絵葉書は楽しませてくれるだけではなく、空想の中でその土地へ連れて行ってくれる気がする。
 僕の最近の旅というと、海外へは一昨年行った台北、国内は2002年にNFLの仕事で訪れた大阪だ。次はどこから訪れた証を送ることになるのだろか。こうしている間にも友人達はどこかへ旅をしているかもしれない。明日郵便受けを開けるのが楽しみだ。

追記:生前百瀬さんに「日本一美味いビーフシチューを食べに行こう」と浅草のフジキッチンさんへ連れて行っていただきました。今週は百瀬さんの一周忌だったので僕なりに供養しようと思い、一日久し振りにフジキッチンさんに夕食をいただきに行きました。平日にも関わらず店内はほぼ満席で、通された席は百瀬さんがよく座っていらしたカウンターのお席でした。凄い偶然でした。何だか「どうだ? 美味いか? たくさん食べろ。」という声が聞こえてくるうようでした。その席には今スノードームが一つ置かれています。食事の後、いつ訪れてもリラックスさせてくださるマスター、女将さん、女将さんの妹さんと百瀬さんを偲びました。このお店には百瀬さんに連れてきていただいたという目には見えない「訪れた証」があると感じました。合掌。


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