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『旅先で食べたもの・15』

 この話は2019年10月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第144作目です。

 では、香港再訪のつづきを。ここから初めて読む方は前々作の「初めてと久しぶり」を是非先にご笑覧ください。

 エアポートエクスプレスの九龍駅に到着して真っ先にカスタマーサービスへ行った。復路も利用するアイスクリームのフレーバーの一つがその名称であるLCCはやはり九龍駅ではチェックインできないという回答だった。安さと引き換えた不便をまた一つ味わった。香港に慣れている方ならこれがどれだけ不便かお分かりになるはずである。

 宿泊予定のホテルは尖沙咀にある。九龍駅からホテルを巡回している無料のバスで向かった。エアポートエクスプレスの利用客に用意されているサービスだ。いくつかルートがあり、久しぶりに今回宿泊したホリデイ・イン・ゴールデンマイル(ホリデイ・イン・ゴールデンマイルに関しては回を改めて書く予定)は、一つのルートの最初に停まるホテルだった。途中寄り道をすることなくまっすぐホテルまで行ってくれることになるので無料でタクシーに乗ったのと同じだった。

 エアポートエクスプレスの利用客用のこの無料バスのサービスは新空港開港とともに始まったものだと記憶している。かつての啓徳空港のロケーションの良さといったらなかった。尖沙咀界隈までタクシーで10数分だった。国際空港からダウンタウンまでのアクセスとしては最高だった。

 旅行客が感じる空港が遠くなった分の不便さをいくらかでも緩和させ、旅行客減少を食い止めようという香港側の考えが「無料」の背後にうかがえる。結局こういうところなのだろう。

 空港からエアポートエクスプレスで九龍駅まで約20分、バスが最初に停まるホテルだったので駅からホテルまで約15分。このサービスを利用するたびに成田空港から東京のダウンタウンまでのあの時間はなんとかならないものかといつも思う。

国際空港としては羽田空港のほうに存在感が増してしまった。成田空港を活かすなら、永久に試運転中なのではと思うあのリニアモーターカーは先ず成田空港と都心を結ぶ路線に導入したらどうだろうか。

旅装を解いて一休みしてから少し早めの夕食に出かけた。香港での第一食目は「海老の乾燥卵ふりかけ麺」(ガイドブックにあった通りの表現)と「海老ワンタン麺」に往路の機内で決めていた。

 ホテルの目と鼻の先にある地下鉄の尖沙咀駅から荃湾線(路線図で赤いラインの路線です)に乗って長沙灣へ向かった。目指すお店の最寄り駅だ。7年前の残金を空港で再び使えるように「Reactivate」してもらったOctopusを早速使って乗った。何だか旅の続きのような感じがした。

海外で現地の通貨を最初に使うのは空港からの移動のときが多い。しかし、今回はホテルまでの移動は無料のバスだった。荷物も部屋まで自分で運んだのでベルボーイにチップも切っていない。コンビニで移動の際に持ち歩くペットボトルの水もOctopusで買った。現地通貨はしばらく財布に入ったままとなった。

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この路線図に懐かしい思いをなさる方もいるのでは? 尖沙咀駅から長沙灣までは間に5駅ありました。

 地下鉄には15分くらい乗っただろうか。ガイドブックにあったお店までの地図をスマートフォンで写真に撮っておき、その写真の地図を参照しながら目指すお店にむかった。Wi-Fiルーターをオンにしてスマートフォンで地図アプリを稼働させるとあっという間にルーターの一日の契約容量を超えてしまうと事前に教えられたからだ。

 初めて降り立った長沙灣駅から徒歩数分で迷うことなくお店に辿り着けた。出るべき出口を間違えなかったのがよかったのだろう。駅前からお店のある通りまでの路地に露店がいくつも並んでいた。売られているものはガラクタと見紛う家財道具やひと目で偽物とわかる有名スポーツブランドを模したバッグなどだった。2019年の香港でまだこういう商売があることに驚いた。目の前のその光景に異国を訪れていることを認識した。

 お店に着いて最初に目に入ったのは名物の麺を打つブースだった。ブースは、店の前を行き交う人たちの注意を惹くのを狙っているためか、ガラス張りになっていた。我々が到着しときはブース内の電気は消えていて麺打ちはやっていなかった。

 ブースの横の狭い通路が店内に続いていた。途中ブース内をチラリとのぞいてみると、終日さんざん麺を打ったあとのように映った。

 そろそろ18時という時間帯だったが、夕食を食べに来ている客は一人もおらず、店の人たちがキッチンに近いテーブルを囲んで賄いを食べていた。注文するものは何時間か前に往路の機内でガイドブックを見て決めていたので、迷うことなくテーブルの上のメニューの写真を指差して注文した。

「海老の乾燥卵ふりかけ麺」は母が楽しみにしていたものだった。貸していたガイドブックのこのお店の「海老の乾燥卵ふりかけ麺」の写真に付箋が貼られて返ってきた。何回か一緒に訪れている香港でもう少しシンプルなものを同じく九龍サイドの佐敦にあるお店で食べたことがあった。私も同じものを食べたが、初めての味と食感に少々戸惑った。今回訪れたこのお店と同様に佐敦のそのお店をガイドブックで見つけたのも母だった。

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母が楽しみにしていた「海老の乾燥卵ふりかけ麺」です。付け合わせは海老ワンタンだったと思います。

「海老ワンタン麺」は私。香港再訪を実感するには海老のプリプリの食感は欠かせない。これまでの香港の旅では、最初の朝食の飲茶かお粥のお店でサイドディッシュとなる点心で海老のプリプリを味わった。初めて夕食で訪れたこのお店の海老ワンタンも再訪を実感させてくれるのに十分プリプリだった。麺もスープも美味いったらなかった。ふと我に返って店内を見回すとテーブルは全て埋まっていた。

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私が楽しみにしていた海老ワンタン麺。海老ワンタンはお好みでレンゲのような容器に入っているチリソースをつけて食べます。もちろんつけました。

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野菜も食べました。黄色い容器に入っているものはオイスターソースです。

「海老の乾燥卵ふりかけ」とお店で打っている自家製麺はお土産として買うことができた。「海老の乾燥卵ふりかけ」は調味料よろしくしっかりラベルが貼られた瓶詰になっていた。麺は街中のスーパーに並んでいるもののように綺麗にパッケージされていた。練りこまれているものや太さの違いで種類も豊富だった。

 母は自分がガイドブックで見つけて実際に食べたものが口に合ったようで、英語が流暢な店主の助けを借りて「海老の乾燥卵ふりかけ」と麺を買っていた。帰国したら再現するつもりなのだろう。代金を支払う際に英語で書いてあるレシピを同封してくれた。レシピを訳してくれと母からLINEが飛んでくる光景が目に浮かんだ。

 料理は美味しいし客あしらいも上手なお店だった。香港で再訪すべきお店がまた一軒できた。ショップカードもしっかり入手した。友人に香港のお薦めのお店を聞かれたらここも加えて教えることにしよう。

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ショップカードです。FacebookのQRコードが時代ですね。

 長沙灣駅まで戻る途中の信号待ちのときに母が目の前の洋服屋に入った。ウィンドウ内にディスプレイされていたものが目にとまり、ちょっとのぞいてみる気になったらしい。これというものを見つけて値段を聞いて母はそれを買うことに決めた。私は店員にちょっと負けられないかと言ってみた。旅先でしかやらない交渉だ。気持ちよく数香港ドルだが負けてくれた。こちらも気分がよくなった。

 目指したお店に迷うことなく辿り着け、食べたかったものを食べ、食べたものが美味しかったので香港での第一食目はあたり。ふらりと立ち寄った洋服屋で母は気に入ったものをディスカウントで買えた。幸先の良い旅のスタートとなった。

 幸先の良いスタートでギックリ腰の不便も忘れ楽しくなってきた。ホテルに戻って一息ついたら、香港の旅のスタートの我が家恒例の場所へ行ってそこから夜景を見ようということになった。そこでのひとときも香港の旅のスタートとしては重要なのだ。次回はこのつづきから。

追記:この香港の旅に関しては、これまでに「旅先で具合が悪くなって・3」と「初めてと久しぶり」というタイトルで書いてきています。合わせてご笑覧ください。

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「おとなの青春旅行」講談社現代新書                「パブをはしごして、青春のビールをーイギリス・ロンドン」を寄稿


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