『いつかそこへ・3』

 この話は2012年1月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第51作目です。

 運動不足解消のために、週1, 2度隣り町にある麻生珈琲店まで歩いている。片道20分から25分かかるので、結構いい運動になる。
 このお店に案内してくださったのは、作家の故百瀬博教さんだ。百瀬さんは社長であり店主である麻生洋央さんとは親友であった。
 ここのコーヒーはとても美味しくて、お店でだけではなく、家でも飲んでいる。コーヒーに拘りのある友人・知人達に贈っても、みんなが口を揃えて美味しいと言う。
 数年前の一日、いつものようにお店に行くと、しばらくその姿を見掛けなかった麻生さんが、常連客と楽しそうに話していた。
 しばらくすると、僕の所に来て、トルコに行って来たと言って、お菓子とキーホルダーをお土産にいただいた。お菓子はコーヒーに合うもので、そのキーホルダーは青い目玉の形をしたもので、魔除けになるとのことだった。 
 麻生さんの旅の目的はアンティークのコーヒー用器具を買いに行くことだったようだ。見せていただいた写真には、博物館にありそうなものがいくつもあった。写真とともに写っていた店主と思しき人がいかにも現地の人という風貌だったのも印象に残った。
 麻生さんはコーヒーカップの蒐集家としても有名で、コーヒーカップの資料館を別に持っていらっしゃる程である。メディアから度々取材も受けている。「まぼろしの珈琲」という著書もあり、旅の本としても、冒険のドキュメンタリーとしても楽しめる一冊である。
 家族でトルコに行ったことがないのは、僕だけである。家族で初めてトルコに行ったのは弟で、トルコ人の友人に結婚式に招待されて訪れた。
 母は何年もかけて行きたい場所が網羅されていて、値段が手頃なツアーを探していた。これだというのをようやく見つけて、2011年の1月に出掛けていった。
 母が出発を数週間後に控えた一日、僕と弟が叔父さんと呼んでいる母の従弟の一人と会食をした。
 会食の席でその叔父が母のトルコへの旅に興味を示し、同じツアーにキャンセル待ちで申し込んで参加した。
 帰国後2人の話を聞いたが、また行きたいと思った国だったとのことだった。
 「トルコと言えば、鯖のサンドイッチでしょう」と、トルコへ行ったことも、その鯖のサンドイッチを食べたことのない僕が言ったのを、叔父が覚えていた。
 もし食べなかったら、僕に何を言われるかわからないと言って、現地でわざわざ探して食べたそうだ。お土産話の中で、僕はこれが一番面白かった。 
 僕にとってトルコという国が身近に感じられたのは、2002年のサッカーのワールドカップのときである。
 準決勝まで残ったトルコが埼玉にやって来た。自国のマスメディアも当然やって来た。
 埼玉での取材用の申請は、準々決勝のトルコ対セネガルが行われた大阪で受け付けていた。大阪での受付を主に担当したのは僕である。
 準決勝のトルコ対ブラジルの試合当日、トルコ人のあるフォトグラファーが、撮影用のチケットをメディアセンターで要求してきた。彼は大阪での受付を済ませていなかった。
 絶対に受付を済ませたと言い張っていたので、対応した係りの人が困って僕を呼びに来た。
 僕が出て行って、僕が大阪で受付を担当した旨を伝えると、彼の表情が変わった。彼は受付をしていなかったのである。それでもキャンセルが出てその彼に撮影用のチケットが手配できた。
 彼の横にいて、いつもそのフォトグラファーと一緒に行動していた記者が、試合後彼と一緒に僕を訪ねて来た。
 試合後のメディアの対応に追われて忙しい時であったが、笑顔で握手を求めてきた。無事に取材が出来たお礼を言いに来たのだった。
 横でフォトグラファー氏が何とも照れくさそうな顔をしていた。握手を交わした掌を開くと、トルコの国旗とサッカーボールをあしらった立派なキーホルダーがあった。
 記者氏からのお礼の品だった。わざわざお礼を言いに来てくれた時点で、僕の中では既に「トルコ人は嘘つき」が「トルコ人はいい人」に変わっていたが、キーホルダーを貰った時点で「トルコ人は情に厚い」が加わっていた。
 同じくそのキーホルダーには「1923」という数字も施されていた。この年号らしき数字は何を意味するのか調べようと思って今日まで来てしまった。「1923」は、どうやらトルコ革命でトルコ共和国宣言がなされた年号を意味しているようだ。
 トルコはヨーロッパとアジアの文化が交わっていて面白いところだと聞いている。その影響か、食事も美味しいそうだ。都内のトルコ料理の店を探して訪れたり、トルコへの旅もこれから少しずつ計画してみよう。
 次回麻生珈琲店に行って麻生さんがいらしたら、僕がトルコ人記者から貰ったキーホルダーを見せて、ここに書いた話をしてみよう。その時は、確かメニューにあったトルココーヒーを注文してみようと思う。
 トルココーヒーの湯気の向こうに、ワールドカップで出会った人が良くて情に厚いトルコ人達の顔が見えるだろうか。


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