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『旅先で食べたもの・7』

 この話は2014年7月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第81作目です。

 この話を書き始めたときに、東京もちょうど梅雨に入った。寒いより暑いほうが私にとってはよいが、梅雨よりは寒いほうがよい。私にとって1年で一番嫌いなシーズンに入った。普段でもなるべく手ぶらで出歩きたいほうなので、傘を持ち歩くのが何より嫌い。雨のために十分に洗濯ものを乾かすことが出来ず、生乾きのままのものを着てきた人達と電車の中で出くわすと、その臭いで体調を崩しそうになる。そんな光景を想像しただけで嫌になってくるし、これから何日もそういう日々が待っているかと思うと逃げ出したくなる。

 こんな時期に運良く休暇が取れて旅に出られたとする・・・大嫌いな梅雨から脱出成功。行き先は取れた休みの日数によりアジアになり、台湾、香港、シンガポール・・・結局行き先は東京より湿気が強烈なところだったりする。6月は他の月より比較的空いていて、宿泊費も少々安い気がして狙い目なのだけど・・・。これは嫌いな季節が引き起こす悪循環なのだろうか。

 ちょうど3年前の6月に休暇でチェンマイに行った。バンコクには仕事で何度か行ったことがあったが、純粋に休暇が目的でタイへ行った初めての旅だった。どんな旅であったかは、

「行きタイ」(https://note.com/nostorynolife/n/n35bdacdc0637)

・・・に書いたので是非ご笑覧いただきたい。強烈な暑さや湿気の記憶がないのは、滞在したところが繁華街やビル群の真っ只中などではなく、まわりに高い建物がなくて風通しがよかったところだったからかもしれない。

 その旅を実行するに当たって、トラベラーズノートのプロデューサーである飯島淳彦さんに事前にいろいろとヒントをいただいた。宿泊先もその一つだった。

 「Hideさん、これは是非食べて来て下さい。」と飯島さんに勧められたのがタイのローカルフードの一つであるカオソーイだ。チェンマイは有名なところではあるが、当時単独のガイドブックはなく(現在はどうなのだろう? これを書いている時点では特にチェックしていないのだが・・・。)、情報もそんなに多くはなかった。せっかくなので美味しくて現地の人が集うところで食べようと思い、事前に情報を収集したが、やはり情報は乏しかった。

 そんな中でチェンマイでの食事に関する一冊の本に出逢った。「チェンマイ満腹食堂 ウソなしレストランガイド」(写真・文 永田玄 ネコ・バプリッシング刊)である。お〜、これこれ!という感じで、この本を手に取り、この本のお陰で安くて美味しいカオソーイに出会えた。

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これがカオソーイです。紹介されている本や情報のほとんどに “ カレー味のラーメン “とあります。シンガポールで食べたラクサのカレー味?・・・と私は感じたのを覚えています。まだ召し上がったことがない方に伝わったでしょうか。写真には映っていませんが、お好みでライムを搾って入れます。チキンが2ピース入っていました。スープ(出汁?)がカレー味なのはきっとタイの人たちにとってそれが我々にとってのそばやうどんの出汁が醤油味なのと同じ感覚なのではと思いました。あまり味に関して云々すると、巷のチンケなグルメ評論家みたいでイヤなのでこの程度にしておきます(笑)。

 お店に関してもその本の内容に関してもここでは多くを書かないことにするので、興味をお持ちになったトラベラー各位には以上をヒントに実際に足を運んで召し上がっていただきたい。ちなみにカオソーイを相当食べ歩いたというこの本の著者はこのお店を絶賛していた。もう一つのヒントは、この店は相当な老舗ということだろうか。本場のカオソーイを食べるためだけに週末チェンマイへ行くという旅も、トラベラー各位なら決して可笑しな旅ではないと思う。

 ランチとしてカオソーイを食べに行ったのだが、この分量だったので、このお店のもう一つの名物であり、これもローカルフードの定番であるカオモックガイも食べた。

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これがカオモックガイです。上の写真の奥に付け合わせのスープが見えます。写真のせいでご飯が黄色く見えますが、カレー味のピラフではなく、チキンの炊き込みご飯と言ったほうが伝わるでしょうか。シンガポールのチキンライスのあのご飯とはまた一味異なります・・・あっ、チンケなグルメ評論家みたいになってきたので味云々はこの辺にしておきましょう(笑)。 ちなみに値段はカオソーイとカオモックガイと合わせて、確か100バーツでお釣りがきたので数十バーツでした。これを書いている時点のレートで計算すると200数十円!安い!アジアのご飯は安くて美味しいものが多いですね。

 改めて写真を見ると、テーブルクロスや食器がローカルな食堂での食事をさらに演出しているように見える。客層はほとんど地元の人で、欧米人も見かけたが、きっと観光客ではなくチェンマイに駐在している人達ではないかと想像した。

 ローカル食であるカオソーイとカオモックガイをセットで食べたことによって、一瞬ではあるが、外国を旅していることを実感できた。ローカルの人達に混じって特にローカルなものを食べ、現地の通貨で支払いを済ませたときに、その土地に自分が溶け込んだような気がする。こうした瞬間が嬉しくて旅先で現地の人達が多数集うところでの食事を重ねているのかも知れない。

 この食堂(そう、食堂と呼ぶのがピッタリのところだった)に辿り着くまでに比較的長い時間トゥクトゥクに乗った。お土産を買うために途中タイシルクのお店に寄った。そこでさらにお店の人達に協力を得てその食堂の場所をチェックして、さらにトゥクトゥクに揺られて行った。トゥクトゥクは、屋根はあるが両サイドが開いているので、風がビュンビュン入ってくる。座席も固いので道路の凸凹による振動が足腰にズンと伝わってくる。運転手は結構スピードを出すので、手摺りにしっかり捕まっていないと振り落とされそうになる。しかし、そんな状況でも初めての景色を目に焼き付けようとキョロキョロしていた自分がいた。

 現在でも“カオソーイ”という単語を耳にしたり、そのものを写真等で目にすると、美味しかった思い出とともにトゥクトゥクのエンジン音と足腰に伝わって来た振動が甦ってくる。

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その旅でタクシーの代わりに何度も使ったトゥクトゥクの模型?です。車輪が微妙に傾いていてスムーズに回転しないところが “アジアの土産物“という感じがして好きです(笑)。同じものをお持ちのトラベラーの方もいらっしゃるのでは?

 この話を書いている途中で、料理研究家の枝元なほみさんがお書きになったカオソーイに関する素敵なエッセイがあったのを思い出し再読した。恐らくこの旅の前にも既に読んでいたので、カオソーイが余計印象に残っていたのだと思う。枝元さんがエッセイに取り上げ、飯島さんが是非食べていらっしゃいとおっしゃったものなので、熱心に探して食べに行ったのだろう。

カオソーイに関するその枝元さんのエッセイは、「旅はかくし味を少々」(スイッチ・パブリッシング刊)という料理のレシピも載っている素敵な旅のエッセイ集に収められている。まだチェックなさっていないトラベラー各位には是非チェックしていただきたい旅の一冊である。

 我が国のカップ麺で世界的に有名な会社が発売したタイ料理の代表といえるトムヤムクン味のものが爆発的に売れて生産が追いつかず、一時期市場から消えたというニュースを目にした。その会社はカップ焼きそばの形でインドネシアのローカルフードの代表である(私にとってはシンガポールですが)ミーゴレンも出している。カオソーイもやってくれないかなとこの話を書きながら思った。

 冷蔵庫に一本だけ残っているよく冷えたシンハーを飲みながら都内でカオソーイとカオモックガイを食べられるところを探してみよう。韓国、インドに続いて自宅からの最寄りの駅周辺に増えてきたタイ料理の店に、灯台下暗しであるかもしれない。あれば休日に短パンにサンダル姿でフラフラと食べに出掛けて行ける。そのお店にシンハーだけではなく、この旅で美味しいと思ったチャーンがあったらこの旅をさらに懐かしく振返ることが出来るかもしれない。

 夏場に食欲が落ちてきたら、今年はカオソーイとカオモックガイで乗り切ってみようと思う。この二つを食べることによって思い出すこの楽しかった旅の思い出が、食欲とともに暑さに参った心も回復させてくれるかもしれない。

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帰国してそのときの旅をまとめたものです。まあ、あくまでもどなたかに見せるものではなく、あくまでも個人の備忘録ですけどね(笑)。もう少し数が増えてくれば、このバインダーで「訪れた証」シリーズが書けるかもしれません。

追記:

この話がほぼ完成した頃にトラベラーズファクトリーへ行きました。店長女史が「Hideさん、これ、飯島から預かっています。」と言って、飯島さんが4月にチェンマイへご出張なさった際に選んで下さったお土産をいただきました。そのお土産の数々の中に写真のこれが・・・。

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 偶然にしては出来過ぎだなと思いました(笑)。今作でコツコツと書いてきた旅の話も通算81作目となりました。きっと旅の神様がもっと旅の話を書きなさいと、こういうアレンジをして下さったのかもしれませんね。トラベラー各位、こんな季節ですので、お互い旅先でも食べものには気を付けましょう(笑)。


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