高校時代をそうするしかなかったと納得すること

「高校時代をそうするしかなかったと納得すること」
あの時をやり過ごしたからある今を肯定したいとも思わないしそんなこと願ってもない。でもあの時をやり過ごしたからこそある今をちょっとでいいから楽しみたいと思えるくらいにはなったと思う。それは挑戦したしてないとかそれだけの話ではない。
どこにも居場所がなくただ辛かったという事実を認めるだけ。苦しかった。助けを呼びたかったけど助けをどう求めればいいかわからなかった。どこに求めればいいかわからなかった。もっと言えば外に助けを求める勇気もなかった。でも辛かった。どんどん感情や感覚が麻痺した。それでもどうしたらいいかわからなかった。愛想笑いしかできなくなった。苦しかった。どんどん物覚えが悪くなっていった。なんでかわからなかった。なんとなくわかっていたけれどもうどうしたらいいか考える思考能力さえ落ちていた。辛かった。
外から見てもわからなかったと思う。いい子ちゃんにするやり方は知ってたから。
いや、気づく人は気づいてたのかもね。
自分が弱かったと言えばそうかもしれない。それもそうだろう。ぼくは弱い。ただ本当にそれだけだっただろうか。
あの状況であの自分であの時の知識や経験でそうするしかなかった。それしかわからなかった。それしかできなかった。それ以外できなかった。それくらいの自分だった。それくらいの器量だった。
そうするしかなかった。

それでも今生きている。生きているだけですごいのだ。神秘的なことを言ってるわけじゃない。そんな状態だった自分が今生きている。それがすごいのだ。よくやってるのだ。そんな過去を持ちながら生きているだけですごいのだ。

そうするしかなかったと納得して生きていたい。感覚や感情や感性があることを喜んで生きていたい。

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