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#10 フィルミニでミディ(しなかった)話

フランス、リヨンから電車で小1時間。
フィルミニという町に、建築界の巨匠コルビジェ(Le Corbusier)が設計した文化センターと教会がある。

見に行きたいが、駅から20分ほど歩く必要がある。
辿り着けるだろうか?
そこに電波は届くのだろうか。

心配していたけれど、駅に着くと目印があった。
コンポジションされた赤と黄と緑と青の線が一筋、道にプリントされてずっと続いている。
建築学生ならお分かりだろうか、これはコルビジェの色。
これを辿れば絶対の絶対に、文化センターまで行ける。
根拠の薄い確固たる自信。

でも駅が見えなくなってから少しして、
線が工事現場に吸い込まれていく。通行止めだ。

まあ、スマートフォンというものがあるのだから、
大丈夫といえば大丈夫なのだけれど、
どうしようと思ってみたりしていると、
丁度前を歩いていた小太りのおじさんが振り返って、目が合った。

フランス語で話しかけられたけど、さっぱり分からない。
こちらは拙い英語ともっと拙いドイツ語しか切り札がないよ。
でも彼はラインを指さして、Corbusierか?という感じのことを聞いてきたので頷くと、たぶん案内してくれるみたいだった。
一緒に歩き出す。
建築学生か?というような単語が聞こえたのでOui(はい)と言うと、にこにこしている。
この人はたぶん現地人だな。
地元に観光客が来て嬉しいらしい。
ベトナム人か、と聞かれたので
ジャポネーゼ、というと通じたみたいだった。

そんな調子でしばらく歩いていると、彼は時計をこつこつ叩いてミディ、と言う。
たぶん、多分だけど、おじさんは自分の家でお昼をご馳走してくれると言った。何か食べる仕草をしていた。
楽しそうだなと思ってにこにこ頷いたけれど、
私1人だったので少し怖くもあった。

この人が悪い人かどうか、分からない。
家に行くと信じてついていけば、
フランスの美味しい家庭料理が食べられるかもしれないし、
急に身ぐるみはがされるかもしれない。
フランス語と拙い英語で辛うじて話が通じるのも奇跡な状態では
判断材料が少なすぎる。
(ちなみに、いつのまにかラインが戻ってきていて、案内は正確らしかった。)

そしてついに目的の文化センターに着いてお礼を言った後、
写真に夢中になる(ふりをした)流れで中に入ろうとして、
少し離れたところにいるおじさんの方を振り返ると、
じっとこちらを見ていた。

見守ってくれていたのかもしれない。
一緒にお昼が食べられずに残念だったのかもしれない。
それはもう分からない。
きっと素敵な経験になったかもしれないが、
私はリスクヘッジをとった。
もう少し、フランス語が分かればよかったな。

がらがらの文化センターを見て回り、その裏に広がる競技場の階段に座る。
平日だったからか、誰もいない。
おじさんももう見えなかった。

教会の方はというと、
コンクリートに開けられた無数の穴から光が差し込み、星のようだった。
天窓や水平な窓の側面にはコルビジェカラーが塗られていて、光が色づいている。
神が与えた光に、人が色を付ける。その恩恵を受ける。
これは建築の力だ。
コルビジェの思考が垣間見えたような気がした。

その頃聴いていた音楽の中から、そのおじさんに似合いそうな雰囲気の曲を紹介します。
Quintette du Hot Club de France "St.Louis Blues"


おじさんの親切にも触れられて、本当は楽しかった。
同じ言語が話せなくても、言葉が通じることがあると教えてくれてありがとう。


その文化センターの場所は下記の通り。


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