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#2 僕はどちらかというと勉強が出来るタイプです。

小笠原春子は天才である。
齢13でありながら、いやに物事の理解が早いタイプの天才である。

父である幸彦さん曰く、春子は後継ぎになる可能性が殆ど有り得ないために厳しく育てなかったという。
しかし不思議なもので、この子は勉強との相性がすこぶる良かった。
当時小学生の低学年だった春子は、独学で中学卒業レベルの問題を解いてしまったらしい。
どの大人の目も届かぬ場所で、いつの間にやらその才能を開花していってしまったのだ。

だから中学に上がった現在では、高校2年生までの座学と2年ちょいの自習で培った僕の学力とほぼ同等かもしくはそれ以上の頭脳を持っている。
そんな彼女に家庭教師である僕が出来ることなどあるのだろうか?いや、無い。
今更教科書の音読をしてあげたところで夢の世界に誘うことすら出来ないだろう。

加えて彼女は現在、私立のエスカレーター式お嬢様学校に通っていて、そこでの人間関係も概ね良好だ。

ほんと、家庭教師泣かせにもほどがある。
家庭教師なんてやったことないから知らないけど。

「春子はそんじょそこらの清純派アイドルよりもサルパ並みに透明度が高くて可愛いけれど、その頭の良さだけはいただけない」
「貴様の頭は珍渦虫か?」

僕の文句に対して、春子は今日の宿題をひとりで片付けながら応えた。

「春子、今の言葉遣いはいけない」
「江戸時代中期までは丁寧語よ」
「残念ながら今はそこから三百年以上経った令和の世なのだ」
「それじゃあこの令和の世では貴方みたいに頭の作りが不出来な人間をどう呼べば良いのかしら?シロ」

どうやら春子お嬢様は出来損ないの家庭教師との無意味な問答を案外お楽しみいただけているようだ。組んだ足先がぷらぷらと揺れている。

ちなみに、シロというのは僕の呼び名だ。
彼女は『あがたとうしろう』のふた文字を抜き出して、まるで犬のように僕をそう呼ぶのだ。
つまり、「藤史朗っていうのかい?贅沢な名だねぇ」ってことなんだろう。

特に利用するあてがありません。ごめんなさい。