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5年遅いよね、と言われてきた

私は地方公務員の父、専業主婦の母、祖母、兄弟たちの6人家族のもとで昭和の時代に育った。私が高校生の時に母が近くのスーパーにパートに出るようになるまでは決して贅沢な暮らしは出来なかった。小学生の時にクラスの子がバレエやピアノを習っているのを見て自分もやりたい、とお願いしてもうちはダメ、の一言。今の時代のように習い事や塾が当たり前ではないにせよ、学校帰りにお教室へ通うクラスメイトや近所の子が羨ましかった。

大人となり家計を預かる身となった今となっては、当時は家に余裕がなかったんだろうなあ、というのは理解できる。しかし学校と自宅の往復の世界では何かを成し遂げる、という特別な体験を子供時代にすることが出来なかった。そしてなぜか大人になってから、少しだけ達成した時点で冷めてしまう自分がいることを発見した。

短大卒業後、25歳になるまで実家でこれという目的もなく、仕事もなかなか長続きしなかった。そんな時、余命わずか、がん闘病中の父が英語でも身に着けて、まともな仕事に就いたらどうなんだ、と私を見かねて言ってくれたのが結局留学のきっかけとなる。

そして父の言葉の1年後、母からの大きな援助も受けて念願の米国大学に留学することが出来た。初めての海外が留学である。緊張と希望と覚悟はすぐに膨大なストレスへと変わる。準備はしていったものの、授業はついていけない、地元の学生と簡単に友達になれるわけでもない。第一会話が続かないのである。結局留学している日本人と日本語でつるんでしまうこととなる。

ストレス過食で10キロ増えてしまった体は心を不健康にさせた。そんな不平・不満を電話口で母親にぶつけていると、「あんたは始めるのが5年遅いからねえ」。どうやら母は私が周りから浮いてしまうように感じるのは私の年齢のせいだと思ったらしい。ここで初めて私の心の中に本格的なエンジンがかかりだす。

確かに25-6歳でのいわゆるOL留学と20歳前後の学生留学では気持ちの切り替えも違うかもしれない。しかしその当時の5年前の自分ではそんな決断は出来なかった。自分の心の中でなんの覚悟も生まれていなかった。未熟さゆえの焦りが生じなかったのである。

20代後半に差し掛かり、何の保証もない場所にいて初めて焦りが生じた。私にとっては本物の焦りがエンジンをニュートラルからドライブにするギアであった。

決して裕福ではない親から援助を受け、自分はいったいアメリカで何をやっているんだろう、自分はなぜここにいるんだっけ?亡き父の言葉がきっかけで始まった留学だけど、自分でやってみたくて始めたこと。授業がわからない、友達が出来ない、孤独だから、と言ってここであきらめては今までの費用と時間が無駄になる。何としてでも当初の期限内 (2年半)で卒業して今度こそまともな仕事に就かなくては。

不思議なことにそこからの1年間は体も心もフルスピードで動いた。授業がわからないのは、スピードについていけないから。であればカセットテープに録音して後で何度も聞きなおしノートを徹底して取ればよい。一人でうじうじせずにクラスのテスト勉強会に参加してみる。そしてわからないことは聞いてみる。週末は21歳以上の学生たちの飲み会に参加してみる。(アメリカの飲酒年齢は21歳以上)

こうして徐々に自分が勝手に設けていた枠を取りはずすと、おしゃべりをするクラスメイトも出来始め、何とか念願の卒業単位を無事取得することが出来た。そして帰国後は広告代理店でキャリアをスタートする。

苦手枠を取り始めることが出来たのは、私にはもう後がない。ここでやってみるしかない、という気持ちが生まれたから。きっと自分にとって本当に走るべき時だったからかもしれない。周りから見れば、なぜあの時点で留学するの?その年齢で日本に戻ってきて本当に仕事なんて見つかるの?と思っていた友人も多くいたはず。

確かに私の地元の友人は大学卒業後、就職あるいは結婚をしてすでに人生を堅実に走り出した人たちばかりだった。そんな友人から見ると私はなんとも頼りないフワフワした人生を歩んでいるように見えたかもしれない。これは単に彼女たちと私のエンジンのかかるタイミングが違ったから。彼女たちと同じように歩もうとしたら不良エンジンとなってしまっただろう。

今振り返るとあの留学時代からすでに30年の時が経つ。不思議な縁でアメリカ人の夫と今はアメリカで暮らすようになって20年。自然なリズムでこの20年を暮らせているのは自分のタイミングでエンジンをかけることが出来たから、現在もずっと走っていることが出来ている。

私の場合は留学がいろんな意味で私の人生に必要なパーツ(部品)を与えてくれた。この20年あまりは子育てを中心にシフト・チェンジしてきたが、そろそろ子どもが巣立つのでまた新たなパーツが手に入りそうだ。

人生のタイミングは人それぞれ。無理をして息切れしそうになったら勇気をもって停車してみるのもいいと思う。周りがスイスイ走っているのを見てつい急発進してしまいそうになったら、自分のエンジンに聞いてみるといいかもしれない。今がスタートするべき時なのかな?って。

人生は過ぎてしまえばあっという間。でも走っている最中は長く辛く感じるときもある。他人と比べて5年遅いかも、と感じたとしても自分のタイミングで走ってみよう。結局、長距離走ることが出来ると思うから。

#エンジンがかかった瞬間



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