Come Out To Show Them――当事者とのロビイング経験から

“I had to, like, open the bruise up and let some of the bruise blood come out to show them.”わたしは痣を開いて、かれらに痣の血を少し出して見せなければならなかった。――スティーブ・ライヒ/Come Out

1.カムアウトして被害体験を語らなくていい

昨日、小松原織香の『当事者は嘘をつく』を読み、そして夜に、尊敬するオールドスクールの活動家と話して、そういえばこの話をどこかでしたことがないと気がついた(たぶん)。

2019年、アイヌ施策推進法が国会に上程された会期中、ヘイトスピーチもアイヌ差別が明確に禁じられた第4条の対象にしてほしいとわたしとマーク・ウィンチェスターと新井かおりは国会議員にロビイングをした。

そのときに気をつけていたのは、かおりさんをマークとおなじようにヘイトスピーチ問題にとりくんできた第一人者として紹介すること、そしてカムアウトをするしないの選択は本人にまかせて、ヘイトスピーチ被害者としての語りを期待しないことであった。

実際、彼女はインターネットの比較的初期からレイシズムに向き合ってきたひとであって、その意味では、2008年の小林よしのりの漫画に衝撃を受けたマーク・ウィンチェスターや、まして2014年の金子のときにやっと気がついたわたしよりも、ぜんぜんパイセンである。

わたしはまったく別の課題でロビイング経験があったので、それはわたしの提供できることだった。

ほとんど打ち合わせをせずに回ったので、マークやかおりさんの話を聞いて、「あ、そんなこと考えてたの?」と思うこともしばしばで、よくまぁ、あんなんでやったもんだ。

もちろん、要望書をつくるときに十分議論をしていたので、方向性はがっちり一致していたが、打ち合わせをしなかったのは、二人は専門家であり研究者(当時は二人とも今より不安定な身分だったが)なのだから、もし研究者といっしょに自分が回るとして、研究者が言うことに口を挟むかといえば、基本的にそんなことしないよな、と思ったのもある。

かおりさんはロビイングに民族衣装ではなく普段の格好で来たので、カムアウトしない限り、相手は彼女がアイヌだとわからなかったと思う。

それで実際に回ってどうだったかというと、議員秘書からあなたたちは一体何者なのだ、と遠回しに(むしろダイレクト?)出自を問われることもあったが、自己紹介と要望書の説明が一通り終わってフランクに話し始めてから、かおりさんがカムアウトしつつ話すこともあったし、しないこともあった。

いくつか議員事務室を回って、マークとため息をついたのは、和人と選挙権のない外国人では、それなりの扱いしか受けられず、かおりさんがアイヌですというと、ぐっと秘書さんたちが耳を傾けるということだった。

もちろん、当事者の意見が最大限尊重されるべきだし、この問題ではとくに当事者の声が議員に届いてなかったのもあるだろう。だから秘書さんたちの態度は間違っていない。

でも、かおりさんはアイヌだとカムアウトしても、必ずしも自分の被害体験を語っていたわけではない。

わたしは事前に「話さなくていいよ」とかおりさんに言っていたし、本人は「必要があれば自分は“女優”になる」と言っていた。

そこまで言語化できていなかったが、運動のために当事者に被差別体験を語らせるのは、和人によるある種の搾取だと思っていたからだ。

…つづく


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