社会的接触の減少で感染の峠を越しても,社会的接触を戻せば感染が再燃するのが当然である理由と,そうならない場合の説明

このノートで説明していること

社会的接触を減らして感染の峠を越したら,社会的接触を戻すことができる,という暗黙の前提に立つ論調が多いと感じます.しかし感染拡大の基本となる数式に照らすと,この前提はハッキリ言ってナンセンスです.社会的接触を戻せば,感染は再燃します.その理由を説明しましょう.ただし,感染が再燃しない場合もありえますので,それについても説明します.

感染モデルの基本

新型コロナウイルスの感染を議論する基本モデルは,

感染者の一日あたりの増加 = 感染者数 × 1日当たり増加率 + 感染者数 × 1日当たり治癒率

で表されます.微分方程式の知識がある人用に,微分方程式で表すと

d I / dt = I a - I r (Iは感染者数,aは増加率,rは治癒率,tは時間)です.

この微分方程式の解は I = exp ( (a-r) t) となって,a>rなら指数関数的成長,a<rなら指数関数的減衰です.つまり以下の関係になります.

感染が拡大する場合:増加率>治癒率

感染が縮小する場合:増加率<治癒率


社会的接触の削減で感染拡大を防げる理由

1日当たりの増加率は,感染者一人が一日何人の人に会うかとそのうち何割に感染させるかで決まります.この一日何人に会うかを半分にすれば,増加率も半分になります.つまり,

実際の増加率 = もともとの増加率 × 社会的接触の変化率 

が実際の増加率になり,この実際の増加率が,治癒率よりも小さくなれば,感染は拡大せずに減少します.こうして感染の拡大が減少に転ずることが,感染が峠を越したという状態です.

社会的接触を戻すと感染は再び拡大する

上の議論で,もうお分かりになった方も多いと思いますが,感染が峠を越したということで,社会的接触をもとに戻せば,実際の成長率もとに戻ります.そしてこのもとに戻った成長率は,治癒率よりも大きいので(小さいなら社会的接触減少なしに感染は減少していました),感染は再燃します.

感染が拡大するか縮小するかに,峠を越したかどうかは無関係なのです.

感染を峠を越すのは,高リスクグループの集団免疫獲得によるなら,話は別

上の議論は簡単な感染拡大モデルに基づいているので,当然間違っている可能性はあります.私が一番大いと考える間違いの可能性は,上のモデルでは対象者全員が同じ感染に対する拡大率を持っていると仮定していることです.実際には,新型コロナウイルスの治療に当たられている方は,非常に高い感染の可能性にされされており,一方テレワークをされている方の感染確立ははるかに低いでしょう.このように,社会を構成する人々が異なる感染成長率を持っているという事情は,上の単純モデルでは考慮されていません.

このように,高リスクグループと低リスクグループが存在していることを考えると,感染拡大が峠を越す理由が,高リスクグループに集団免疫が形成されるためである場合もあるでしょう.

実際にイタリアロンバルディア州のコロナ死者は1.2万人.致死率を0.5%と仮定すると,感染者は240万人.同州の人口は1000万人なので,人口の1/4が感染していることになります.これが正しければ,感染率は感染にさらされるグループ(医療従事者)で高いはずなので,そういったグループでは集団免疫を獲得するのに必要な5-6割の感染率に達しているでしょう.つまり同州で感染がピークアウトしているのは,高リスク集団がすでに集団免疫を獲得したためかもしれません.

このように,高リスク集団に集団免疫が獲得されたのであれば,社会的接触をある程度戻しても,それが低リスク集団に感染拡大をもたらさないていどであれば,感染は拡大しないことになります.

なお,高リスクグループが集団免疫を獲得するという状態は,社会を維持するのに必要で,かつ人と人との接触を避けられない方々が,その仕事を全うされ感染という犠牲を払って,社会を守る防波堤になっていただくということです.そういった方であっても感染すると非難する風潮があるように感じますが,それはまったく的外れであると思います.そういう方々が感染するのは,社会を維持するために不可欠な一定の確率で避けられないリスクを引き受けられたためです.


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