見出し画像

Webディレクターになるまでの、かっこよくない半生

ノーマル現在

ベンチャーにてWeb制作ディレクターとして勤務。Web制作に関することなら大体やる(顧客や社内のコミュニケーション、デザイン、コーディング、マーケティングその他)。
その他は別途、自己紹介の記事にて。

かんちがい幼年期

ポケモンのアニメ放映が始まる前に、親に買ってもらったポケモンの指人形。いざアニメが放映され、映されるピカチュウ。
「ぼくが持ってる指人形のやつだ!」
残念ながら、ぼくが持っていたのはサンドの指人形だった。進化するとサンドパンになる。

デジタルの萌芽、小学生

ゲームのことしか考えてなかった。あと周りの目を強く気にしてた。なんでもみんなの真似をしてた。自我がまだ存在しないという説が有力である(私調べ)。

インターネットに出会い、ぱどタウンやおもしろフラッシュ倉庫に出会う。これがネットネイティブな人間となった一種の分岐点なのではないかと推察される。

ネットと社会な中学生

ネトゲにハマる。あと悪い友人のせいで(責任のなすりつけ)まとめサイト的なものを知り、さらにネット住民としての深度が増す。一応塾にも入って勉強もした。
人生で一番お金が欲しい時期だった(課金)。
しかし中学3年生の終わり際、社会というものの存在を意識し始める。

暗黒の高校生

将来何者かにならなければならないというプレッシャーもあり、プログラミングを学べる高校へ出願。合否を確認した帰り道、すれ違った誰かが「あの人落ちたんだろうね」と言ったのが聞こえた。それくらい冷めてた真顔だったのだろう。合格したんだよなぁ。

世の中では青春のピークともいえる高校生だが浮いた話は0。そんなことより、プログラミングを学んでいくうちに何か違う気がしてくるのが問題だった。焦る。将来自分はどうなるのか。

2ちゃんねるを見る。ネット住民深度としては一種の到達点であると言われる(私調べ)。その影響か、さらにスレた。よく言えば、ネットリテラシーを学んだ。
当時の好きな曲は「甘き死よ来たれ(Komm, Susser Tod)」。
友人曰く「お前の高校生って暗黒時代?」

背水の専門学生

意を決してデザインの専門学校に入る。退路は断たれた。決意はあったようで、課題に限らず積極的にプロジェクトなども参加する。毎日自分で勉強した。
自分に厳しくした時期で、人にも厳しかったと思う。ごめんなさい(今もではないか、という説もある)。
押井守氏に多大な影響を受け、監督という立場に興味を持つ(映画に限らず)。
そして今思えばだが、就活が近づくにつれ緊張が高まっていた。真綿で首を絞められているような感覚とはまさにあれだ。
合格通知が来た時、生まれて初めてガッツポーズをした。いや、それはおおげさかもしれない。

重役と新社会人

Webデザイナーとして採用され、生易しい研修も束の間、なんだかよくわからない(失礼)新規の部門に配属。そのころの打ち合わせのメンバーは「社長、(別会社の)社長、(別会社の)副社長、(元別会社の)社長、監査役、技術責任者、俺」という状況で意味がわからなかった(大変感謝しております、本当に)。
とにかく、がむしゃらだった。

いきなりディレクター・ヘル

社会人2年目くらい、とある大きなプロジェクトで、Web制作ディレクターを任命される。もともとディレクターを志望していたが、まさかそんなに早く機会が訪れるとは思わなかった。どこぞと知れぬ若造に任命したその判断には恐れ入るほかない(ふつうそんなの、こわい)。スケジュールを作ることになったが、スケジュールとはどう作るのだろうか。夏休みの宿題も計画的に進められなかった私が……。社外の技術メンバーに要件をまとめて伝える? 見積もり? 契約書? CMS? SEO? なんですかそれは?

ここからは地獄だった。毎日終電で、電車の中、夢の中でも仕事をしていた。週に3回お客との打ち合わせがあり、打ち合わせ終わったその後で整理と次の打ち合わせの準備が入るような状況もあった。

と言っても、周りも歴戦の人だらけで、月に400時間勤務したとか、会社に寝泊まりしてやったもんだみたいな話が横行していたので、まぁそういうものなのかとも思った。けれど、朝の呆然とした頭で駅の階段を上がっているとき、これが一生続くのかと思うと非常に苦しかった。

この時の娯楽は、朝起きて窓から見える木々の揺れを眺めること。

開放感・困難・本・学び

大きなプロジェクトがひと段落したところで、開放感と同時に、これはいかんと心の底から思った。仕事とはどうすればよいのか、どうすれば早くなるのか、どうすれば考えというものは進むのか、どうすれば人は動くのか、どうすれば心は折れないか。

デザイン・コーディングといったスキルは、どうにでもなった。けど、人の思考や心はそうはいかない、困難な問題だと感じた。

幼少から人に相談する性質ではなかったと思う。ため込むタイプだ。つらい時期も、その後困難にぶつかっても、人に相談というのをあまりしなかった。愚痴も多分ほとんど言わなかった(SNSに意味不明な怪文章をアップしていたという指摘はある)。

代わりに、本を読んだ。というか、それしか救いがなかった。何か悩みを持って、どこかに何かヒントがあるんじゃないか、そう思って色んな本を探した。表紙とタイトルと目次で直感で決めた。この経験を通じて「本を読み、学び、現実の問題に対処する」ということができるのだ、という経験をした。具体的には思考法、心理学、哲学、エッセイ、仏教の本などが多い。

「本を読み、学び、現実の問題に対処する」
不安、怒り、未知の問題。それらに対峙していくことはできる。
この経験が現在の私をつくった。そして未来の私をつくっていく。

……いや急にキャッチコピーみたいな。

◆文・デザイン:ノーマル浮枝
(Twitter:https://twitter.com/NormalUeda)

この記事が参加している募集

#自己紹介

230,907件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?