世界詩箱 5 【自作詩】
あなたという季節
憧れのあなたという季節のなかの
そのあたたかいうぬぼれの川のなかに
このつめたい手をひたしてみて
やわらかい水を汲んでは流して
息をついては汲んで流して
まるで流転のなかに
ひとつの古びた歯車のように
かちりとひややかに填め込まれて
ときには明るく
日光にあたり乍ら
ときには暗く
湿気に喘ぎ乍ら
かたかた かたら かたら
まわるこの世界のなかに
成功してみるみたいだ
あるいは碁石を
無理につみあげて
ゆつゆつねむたくなるような
浮かんだ時間に消えそうになってしまう
ゆるやかに
その季節のなかに指をいれて
小さく木の実をひきよせて
摘んで引っ張って
それからはゆっくり歩いて
冷静な風を身にまとい
眠りにつくための美しい湖のほうへ
進んでゆく
あなたという焦がれた季節
遠のいた景色
すへてが心地よかった瞬間と
上手くゆくべき予想
放るものとて無い
彩りのある一分一秒
赤から青へと
また黄色と桃色
水色または白へ茜へ若草へ
日に日に見違へり
月に惹かれて影をつくる
季節のあなたは雪のように白くて
塩水のように美しかった
ふたたび巡ってくる折に
そのような糸の結ばれる音に
わたしは目を醒まして
息を吐く
桃色匂の息と
微風響の目叩き
膨らんだくうきをいちどきに
たくさん吸い込んであなたに会う
行き交う季節と感じ乍ら
形…(例)立方体…
この世は形ばかりである
全てが形で
あれもこれも楽しく色がつけられたり
あるいは音を流し込まれたり
薫りを回したり
形ばかり。形だらけ
「僕は立方体を愛しているんだ。未知や知性を宿らせているその高貴な形。傳能立方体。その吸いよせられる質量。素晴らしい素晴らしい」
彼は突然消え失せた。
部屋には舶来の黒い箱のみ残った。
立方体の箱。
なかには何もなかった。
春だった。
暖かい黄色い午後に、風とともに去っていったのだ。
「きれいな人だったわ」
と友人のひとり、ある女性は語った。
「面白かったよ。とっても変な人だった」
別の女性は明るく言った。
「彼は季節に呼応してたよ。それが僕らの物笑いの種だったのさ」
また別の友人が、思い出の匂いをいっぱいに振り撒きながら、丸く微笑んで言った。彼は失踪人の唯一の男の友人であった。
「僕は軽いものがたりが嫌いだ。そういう映画は絶対観ないし、小説だって、飛んでしまうような軽い物に当たってしまった時は、嘆いてしまう。
この世界はそんなに軽薄じゃあない。
けれど一面、軽薄にしか思えない箇所もあるが、そういう光景を体験したとき僕は、耐えられなく悲しくなるね」
形は奇跡である。全ての形は奇跡であり、幸せを含んでいる。いや、全ての形は幸せに含まれているのだ。
形は形である。けれどもそれらは、何かの球の弾き合いのように、見事な合致でそこにいる。その形。
美醜併せて奇跡であり、可笑しなその形は我々の目の前に、ふたたび現れる。それぞれ固有の形をともなって。
庭園
小石が広がる
一面に白く広がる
まあるく球体表面へ敷きつめられる
なだらかな面から木々へつらなる
濃緑の香る幹をもつ樹木
離所にひと掬いの池を加えて
一葉の光景
収められたもの
轟々と激しく流れる時間
昨日から今日をきざんで
明日を迎える
遥かな川幅をもつ無量のナイル
過去から現在をひらいて
未来へつづく
流転のさなか
小鳥のこまかな鳴き声
枯れ葉の落ちる色と音
ふと湧き上がる思い出の恋人の匂い
遠い電車の通り
すと過ぎ去り
おいてけぼりにされる
見えない力が全てを拐う
弥勒菩薩の手の中で
みんなが忘れて踊ってる
おい菩薩
線の集合の真ん中で
菩薩は白黒に微笑んだ
セリフのない漫画の一ページに
おれは希望を打ったのだ
凡百の思いを持った
そうでなくとも業にまみれたおれなんかが
到底着く事の叶わない場所
捨てたつもりの大きな道具を
気づくとまた手に持っている
それに慌ててまた捨てる
あの日の空気はとても良かった
肺に吸ってうまかった
黄色い脳で話していたんだ
……悩みの無いのは非常に羨ましいぞ
おい菩薩、どうやって其処へ行ったのだ
おれは何百段とある階段の
三段進んで
結果知ったことと云へば
それが間違った階段であったという事だけ
分かっちゃあいるがどうせ其処へは行けっこない
先は見えやしない
空と地面が調和を保つことも
空気が揺れずにあることも
生活に一刻もありはしないのに
同じ心地でなどいられやしない
違う階段を登って正解なのか
おい菩薩
お前は変わらずにいられるのか
どうやっているのだ
どうやって座っているのだ
春
春霞のその奥の、山に息吹を、
桜の風が背中を押す
草のかをりを含んでる
「かゑがたい珠
とらへがたい珠
ありがたい珠」
水面下で輪舞する緑の龍
静かな時間に
河からぬっと顔だけ出すと
眠たさうな目で再びもぐる
わたしは夕方を待つことにする
かの女は御珠をやさしく持つた
女の子のやさしさで
わたしはつくづく悲しくなる
また河に行こうと思つた
「かゑがたい珠
とらへがたい珠
ありがたい珠」
昨日は無い
後悔は遠のいた
大きな橋の影が僕にのしかかる
かたい影の、暗い黄色の、土の上に
わたしは坐り込む
ついに緑の龍があらわれた
長い胴をすべらせて
わたしの頭上を泳いでゆく
龍は先の山にぶつかつて
その先の国へと辿つてゆく
まだ尾は見へず
わたしは橋の影に覆われて
疲れた町を見あげる
隠れた夕日が塔には映る
白い花が風に揺れる
ほのかに揺れる
「かゑがたい珠
とらへがたい珠
ありがたい珠」
物事の裏に眠つた
白い世界があるならば
作・トコトコ
にゃー