世界詩箱 3 【自作詩】
トコトコさん…
こうやってみますと、やはり詩というものは
ほつほつと浮かぶその火の言葉が
実にかろがろしく思えてしまったり
きらきら見えるような
これらの砂より
果てしなく遠くの
かすりもしない次元を
自分勝手に走っているような
あるいは幻想だけ
淡く見せかけて
じっさいは実らない果実のようで
やりきれない気がします
美しく見えるものと
美しくないとされているものに
そのあいだに
なんらの隙間もじつはなくって
そういった一切が
ほんとうはわたしの好きや嫌いで
ならならと一様に隣り合わせに
ぴっちりとズレなく配置され
空間で固定されるのですが
いま思うと
そのようなすべてが
その自前の感覚が
心地、ちいさく感じて
目に見えないことを
どうしても信じたくなるのです
けれど、
じっさい存在するのは
いま目に見える物や行動で
意味づけされたそれらの背景や
性質や法則なんかは
有りはしないのだが、
現実にはよほどそれらの方が
大きな力をもって
人を縛って
色々の可能性を
なきものにしているのだ
何をすれば良いのだ
ほんとうにわからない
してはいけないことも
何もないような気がする
正方奇跡
正方奇跡とは立派な正方形のこと
完ぺきでうつくしい天才のかげ
まっしろい等質な線と面
知性の具現
ある夕方に、空にほうっと浮かぶもの
頭のうえに、まばらにばらばら浮かぶもの
桜の樹に埋まっていて
春になるといのちを伝播し
はるけきあかるい世のなかと
あるいはくらい地下の空間を
しらけた顔で通りすぐ
何も知らないふりをして、
意識を吸い吸い通りすぐ
夏になると海からあがり
青いかげを黒々と落として
視界の隙間をぬぐっては
耳のうらにかくれては
時間をしのいで通りすぐ
心をさしこむ針の秋もまた
枯れ葉のしたに身をひそめ
淡々と機をのぞいている
秋色侘しい風のかげから
夢によせられ通りすぐ
正方奇跡は聞こえてくる
目をとおして
ことばをとおして
そのしたにある
むげんの地面にひろがっている
みたことのない世界のなかから
どれかなにかの普遍な幸せを
確かになにかを付与している
冬にも又
寄り添うさむがりな我々の
胸の心地を通りすぐ
雪のしたさえ嬉々として
音もたてずに通りすぐ
正方奇跡は立派で恐ろしく
掴み所のないどこかの裏側で
我々にとって美しく感じる
世界のなかに息をひそむ
ああ 恐ろしい
ああ 悩ましい
正方奇跡をみつけた旅人は
そっと目をとじてしまうらしい
街はスイカの中のように暗かった
街はスイカの中のように暗かった。
黙って眠ったように立ち並ぶビルの間を
王者は馬に乗っているかのように、強く歩いた
ア・トライブ・コールド・クエスト
「The Low End Theory」
錆が靴にこびりつく。
睦月の風、針金の音を立てる。
これはヘンゼルとグレーテルを再現するのかもしれない。
誰かが、この道をもう一度歩くだろう。
朝か夜か、この王者とは関係ない人が、
関係ない理由で。
それが道というものだから。
彼女を見てると半分は憧れて、
残りの半分は悔しくなる。
「君は重力の強い人間だ」
思わず言ってやった。悔しかったからだ。
目が吸い寄せられる、が、それは彼女の確固たる何かに、
多くの人間が残った一片の花びらのように、
やっともつなけなしの自己を、心底恥じるから。
負けず劣らず王者はあるく。
高価な塩のバターを熱いパンに乗せる、すると溶ける
王者は朝食にそれを望む、それを夢見る。
王者だけは重力の彼女に負けない。
彼もそれは引き寄せてきた。
初めて現れた、存在を対しあう、ライバルであった。
固まる前の脳
皮膚一枚のその下は、
その内側は宇宙であり、
それに満ちる、湛える中心に心臓と名付ける太陽が輝いて、
馬車馬のように活動していたり。
公園に白猫と黒猫が対になって、
狛犬かシーサーのように、僕を迎え入れ、
さらには異世界まで案内してくれて、
そこにはエビフライが好きなお姫様がいたり。
無数の旗が風に激しく靡く街の中で、
昔の片恋相手にばったり出会い、
塔の上からノイズだらけのロックミュージックがなるかと思うと、
その降り注ぐ騒音の中で、
昔行った水族館での話をしたり。
マフラーにちょくせつ息を流し込むと、
小便を漏らした股ぐらのように熱がにじみ、
そしてそれが鼻の先をかすめて、
すぐと消えてしまったり。
文章として成立しない言葉を並べて、
その文節と香りにより
破茶滅茶な文法で滅茶苦茶な構成をして、
空中の火花に弾けてしまうような、
新しい小説を練ってみたり。
自分と景色を同一視して、
地面も机も、針も糸も、水も空気も自分だと思い、
その一続きの世界の中に
可愛いあの子もいると感じてほっとしたり。
実にこの短い一生に、
様々な経験や妄想をするものである。
自己矛盾の煉瓦塀
心の中に陥った。
水晶の窓の外、——
——子どもビールを並べて、
(液体)
青いコップに注いで、
(固体)
大きく騒ぐ子どもたち。
(気体?)
夕方の、いろいろな背景。
——薄汚れた教室。掃除の時間に、
ほうきを持って一生懸命に床を掃く。
トランプカードが崩れて、いっせいに積み重なる。
その瞬間、数秒間。強烈な風が、嵐が舞い起こる。
青空に見えた天井にひびが入って、
崩れると、まったくの無音であった空間に、
多大な音の洪水が流れ込む、
去った天井の奥には、
幻惑の天がかかり
天の川が輝石宮と石英館に橋をかける。
ところかわって、旧い町
ルビー色の風と、熱い影に包まれる。
木の板が転がる、それも影をつくる、
朱色い砂地に長いかげ。
虎が死ぬ、
鍋では茹で卵が出来上がる。
空から飛来した光が、大きな音を立てる
銀色の方舟
知性の正体
お洒落な街は白のその上に、
とりどりに彩どる、極彩色は
見事に、建物に花開く、
々々てらてらと濡れたままの建築物
雨のエッセンスを集めて、
屋根を滑ってゆく雨粒だった水は、
全てを悟ったように泣き
遠くの空から綺麗な雲が、
汚れないまま滑ってくる。
まるで出来立ての水か、
縫い目のない明るいドレス。
極端に匂いを薄めたそんな風景。
——さあて、煉瓦塀に囲まれたこの迷路は、
様々な境遇を反映して、
無数の嘘を掬い上げる
人形のままではいられなくなる。
どの地点、どの座標、どの瞬間を切り取っても、
実はおんなじ線しかない。
醜いものも綺麗なものも、
聖なるものもケガレたものも、
あるいはおんなじ渦の中、
しかして、この世は無理に切り取り、
紙に貼り付け、名前をつける、
子どもたちが騒いでいる。
子どもビールを机に並べて、
真ん中には木の皿に、
てんこ盛りだったお菓子がもうなくなってしまって、
残り幾らか残っただけだが、
そのまま置いてある。いくつかのクッキー。
裸の電球が埃を纏って、
子どもたちの生きのいい頭皮を照らす。
粉のような光、
窓の外はまた、同じ風景。——
——心の中に陥った。
作・トコトコ
にゃー