世界詩箱 4 【自作詩】

悲劇詩歌は

雨あがり
水彩色のそらの夕暮れに
大空に
煙草のケブリが 苦く吸われて
一周いちじゅん過去の子どもの声が
光を追いこしてすぎてゆく

悲劇ひげき詩歌しいかの風の裏には
普遍の現象が現れる
あらゆる明滅する命の発する
黒とか白とかの美しい思念も
さかしく生きる社会の底で
楽となり流れていく

悲劇詩歌は古風な思い
魚たちは銀色の目で
ゆっくりとした地球の周りを
ささ 我は とみながら
それと同時に生きている

識たる脳の光子のおかげで
わたしは風や肌のことを
考えてみたり、忘れたり
いずれもコンビニエンスストアの
前でケブリとたたづむ大学生
普段は太陽のあたらぬ場所で
悲しんでいる





水圧

蛇紋岩のような濃緑の 冷たい水がいちばんうえまで
そのような 暗い わたしのヘヤに シーラカンスが泳いでる。
床にはやらかい水草がたち よみかけた詩集がおちている
ラスティニヤックに淡いセピアの同調
わたしとは枝分かれした道の 反対側をゆくのだろう
乾いた電灯のしたを 時間を置いて歩いて去った

地下意識のつめたい流れ
骸骨のならぶ通り
ねころんで
空っぽの手紙を机に送れば
青白い電光のはじけるさき
眼球の 空間にはりついてそのカゲに
古代の香りがひそんでいる

シーラカンスは空気を見てる
シーラカンスは空気を見てる

なんて空虚な幻想だろう
ひんやりしていて心地いい
この大宇宙の片隅で
暗渠に気分をさらしている

遠くから聴こえる音に
まぶたを重く閉じてしまう

シーラカンスは舞ってみたけど
すぐに疲れて眠ったよ

わたしは座って空気を見てる
わたしは座って空気を見てる

つめたい水圧に胸を押しながら
水草の声に骨を白みながら





魔女室

人の経験をフラスコの中で
ぐつぐつ煮込んで魔女は笑う
「プフゥ、此れは全て。アグゥ、此れが唯一」
ビー玉の様に泡が浮く
赤黒く、粘着して
過去と命名された浮かび上がる煙は
間違った黄色の光景を繰り返す
はぐれた精神が目眩く群像するが
其れらに解答は無いのだが、
皆一つの丸い地球を巡って走り合う。
短絡的な魔女は其の中から
たった一つの指針を取り出し
其れが世界基盤を標榜する明日を夢見た
そう云って羊皮紙にがりがりと文字を刻む
現実はしかし儚く
幾分にも枝分かれした可能性
世界線の平行移動群で
何を為しても結果だけが綺麗にとんと置かれる
魔女は煙の中に潜って
又一からの経験を求めた。
非常に長い道のりが始まる
魔女は心を行ったり来たり
彼女は知るだけで学ばないのだ





千里炉

ライターの火がぽうと灯る
そすると花も灯る
火に照って、赤赤と、
「地獄の片隅なのに綺麗な」
「ええ 綺麗ね」
    春に見る色
おだやかな祭りの音、路の匂い
「熟れた林檎の哲学だけれど
 羽の人に聴いたら少し面白かったわ」
そのまま煙草に火を送した
命の入れ替え
頻繁に起こる
村の価値観、雪の世界観
充分に熱くなる珈琲の模様
甘いけぶりの味、血に染み渡る
「腹ごしらえはどうか」
「とてもよろしくってよ——
——それと、ハサミも持ちました」
用意のいい女だ……。
「……メメント・モリも放った……」
 二十二時二十七分現在
初めて血の気配のこめる処へ
庭から出て、
ぱちぱちはらはら
ぱちぱちはらはら
期待が空中分解してしまう
「あなただけ浮いているわ」
「しようがない」
    暗い暗い、そんな中。





星の予言 風の記憶 砂の予言

夜は、暗く乾いていた。
田舎の電車は針金で情けなく、
黄いろなひかりをどろどろ溢して、
山の麓を走っていた。

窓を持ち上げて、顔を出した。
電車はあまりにゆっくり走るらしく、
電灯から出た光の粉が、
路の草に当たって、消えるのまで見えてくる。

がちゃがちゃ鳴り出した。
もうすぐ電車が止まるのだ。
山の水の音が甦る。
木々を流れる透明な水である。

駅に着くと、二人の大人は降りて
さっさと出て行く。
僕はしっかり鞄を背負って、
外套のポッケに切符を探した。

「それでは、あんぜんにお帰りなさい」
電車は折り返して行ってしまった。
みるみる小さな光の列が縮まって、
山の陰に隠れてゆく。

月が見つからない。
その分、張り切ったように星が輝く。
——ああはれないとりのこよ はれ
——あはれないとりのこよ はれ
 はれはれ おなし
両手で星を振り払った
星はきらきら笑っていた。

昼の箱はほわほわとしている
ほこりみ払って、
なかから銀色の缶を取り出す

そのなかには外国の貨幣が眠ってる
旧い昔に訪れた、
遠い未熟な国であった

幼少のみぎり
初めての発作でたおれた僕を
叔母が介抱した

彼女はよく僕を駅まえの公園へつれてゆく
当時の僕は滑り台を山のように高く感じ
非常な程度でおそれていた
叔母はおもしろがって
僕をてんじょうへひっぱった
上からの景色にあしがすくむ
僕は気を失った

叔母は電車が好きだった
がらくたな部屋 呪文
魔法陣 風水札 トーテム 赤砂時計
女性のような老翁が
手から砂をこぼす
砂は水晶に当たって
くるくるおちてつもる
「魔女はひんがしにあらわれる
    清き乙女は板から剥がされ
  竜の断末魔が響くとき
 そなたは、黒マントを授かるだろう」
部屋の外を車がとおる
部屋はがちゃがちゃ揺らされた




   作・トコトコ


にゃー