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ひとつぶの 言葉できっと救われる           すべて忘れてしまうから  燃え殻(著)

すべて忘れてしまうから

忘れてしまった。
前に一度読んだ覚えがある。
気のせいだろうか。
飛ばし飛ばしで読んでしまったのだろうか。
あるいは通して読んでいないのかもしれない。
けれど新鮮だった。
はじめてなのに懐かしく、再読なのに刺激的だった。

ぐるぐるとローリングする。
後悔や小さな驚きが渦をまいて自分を包み込んでいく。
そのまま自分は巻き込まれていって、下降する。
夢への入り口だ、きっと。
それとも出口かもしれない。

毎晩同じ映画を流す。
70年代をそのまま象徴的に、凝縮したような映画だ。
僕が昭和を過ごした時間は平成よりも短いのだが、やはり自分にとっての時代は昭和だ。
長さの問題ではないのだろう、きっと。
やきとりを食べたくなる。
その映画を観ているとやきとりを。
別に登場人物がやきとりを喰うシーンがあるわけでもない。
けれど何だか食べたくなる。やきとりを。
その映画を観ていると。

音楽と共にある。
音楽的、というのとも少し違う。
だが音の使い方が絶妙で、担当者のセンスが眩しいよ。

優れた役者の条件はひょっとして、
いかにおいしそうに食べ物を食べられるか、ではないか。
僕はその仮説を強く推したい。
なぜって、勝新太郎も松田優作も高倉健も岩城滉一も萩原健一もみな美味そうにものを喰うから。
まずそうに喰う役者がすべて下手というわけではないけれど、しかし、うまそうに喰う役者はもれなくよい役者だと僕は考える。
個人的に。
そう思う。

毎晩観ている映画は『蘇える金狼』。
風吹ジュンが何と美しいのだろう。
成田三樹夫が何と怪しいのだろう。
『探偵物語』につながる確実な布石になっている。
『金狼』はガッチガチのハードボイルドで松田優作はダークヒーローを演じているのに対して『探偵物語』は一転、ずっこけとユーモアに満ちている。
そしてシリアスさが連れてくるのは優しさと悲哀である。
さすが成田三樹夫は両方できっちりいい仕事をしている。
このあたりの役者たちの矜持といっていいのか立ち位置といっていいのかキャラクター造りといっていいのか、全体に「昭和だなあ」と確実に思わせるものがある。
・・・シミジミとしてしまう。

SNSの世界からひょっこり出てきた言葉の調教師は多くの共感を得た。
それ、自分も云いたかった、の声が二乗の連鎖をしてゆくが如く緊張感の中で、奇妙に抑圧された世界で説得力を持った。

彼は言葉を磨いている。
毎晩、とても静かに言葉に命をあたえている。ひとつひとつの言葉に。丁寧に。
それは祈りにも似ている。
ストイックさと俗的なものとを混ぜ合わせて皿に盛っている。
自由とは何か。
不自由さの中にあるのか。
答えはどこにあるのか。
風の中にあるのだろうか。
聖と俗の間をさまよいながらも彼は今夜も言葉を磨くのだろう。
そして自分は飽きもせず、また金狼に照準を絞る。

たぶん、きっと。



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