コラム:大学生への雑誌教育の必要性(ニューズ・レターNo.58、2018年12月号)

 毎年、大学の授業で出版論、出版メディア論の講義を担当していて、ここ数年考えることがある。授業で「雑誌に興味がある人」と聞くと、予想以上に多く手が上がる。専門の授業であるので、関心の高い学生が多いのは当然としても、気をよくして購読雑誌があるかと問うと、とたんに手が上がらなくなる。雑誌に興味があっても購読して読んでいるかと言えば、そうでもない。雑誌に対する興味や編集者への憧れは残っているものの、雑誌を積極的に購読している学生は極めて少ない。このようなズレがなぜ生じているのか。漠然ながらではあるが、そう考えることが多くなった。
 授業シラバスでは、総合雑誌、週刊誌、写真週刊誌、フリーマガジンなどをも取り上げることにしているが、彼らのライフヒストリーの中で、同時代的にこれら雑誌との出会いがほとんどない。若い世代だから当然だと言われればそれまでなのであるが、今の大学2年生を基準にアンケートを取ってみると、彼らが生まれたのはミレニアム直前の1999年。漫画雑誌は『少年ジャンプ』が、男女とも小中高で読まれており、小学生時代に男子は『コロコロコミック』、女子は『ちゃお』『なかよし』がよく読まれ、また女子は、ファッション雑誌の入口に『ニコラ』『セブンティーン』などのティーン雑誌があり、大学生になってからはファッション誌『ノンノ』などが定番である。男子は大学生になって、ファッション誌、スポーツ・音楽など趣味誌を挙げるのが一般的だ。
 日本出版学会会長・専修大学教授の植村八潮氏が力説するように、小学館の学年誌がそろっていたのは、『小学五年生』『小学六年生』が刊行されていた2006年度末までである。つまり現在の大学4年生くらいまでが、すべての学年誌を読めたことになる。この『小学一年生』をはじめとする学年誌が「総合雑誌」であったことに注目しておきたい。これ以降の大学生は、幼少期に総合誌に触れる機会が減っている。そして、今の小学生が手にするのは、学習雑誌というより月刊学習教材であり、スマホ世代のためか、その後の漫画雑誌やファッション誌にも架橋していかない。
 雑誌の面白さは、「雑」という文字が意味するように、グラビア、大特集から小特集、漫画や小説、コラム、連載など、多種多様な分野と表現形式が一つのパッケージに収まっているところにある。このような雑誌の代表が「総合誌」である。特集記事にひかれて買ったみたものの、連載小説にはまって買い続けたとかコラムで思わぬ知識を得たといった体験は広く共感できるところだろう。この積み重ねが、おそらく雑誌購読の下地として必要なのである。知りたい情報を得るだけなら今はスマホがあれば十分である。「雑」たる記事の中から思わぬ出会いを味わえるのが、雑誌閲読の醍醐味であり、セレンディピティ(思いがけないものを偶然に発見する能力)である。
 「1カ月間に1冊の雑誌も読まない」中高生が6割、小学生は5割といった調査結果(「学校読書調査」2017年10月)もある。雑誌に触れる機会が減り、結果的に雑誌リテラシーが下がるという負のスパイラルが継続している状況で、少子化の中、購読率を上げる方策を考えなくてはならないとして、ようやくNIE(Newspaper in Education「教育に新聞を」)に倣って、MIE(Magazine in Education)の取り組みが、今年から日本出版学会、全国学校図書館協議会、日本雑誌協会などで始まった。まだネット検索してもこの言葉自体、ほとんど出てこない。認知度がまだないため、本格的に活動していくのはこれからであろう。筆者も大学教育の末端で、将来の雑誌読者を育てていくべく、無理にでも若い世代に雑誌と接触させ、この活動を支えていきたいと考えている。(『Intelligence』購読会員ニューズレターNo.54)

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