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「いかのおすし」は安全なのか?

学校における安全教育でよく耳にする「いかのおすし」という標語。
夏休みを迎える前などに、「夏休みのしおり」などにこの標語を載せている学校は多いことだと思う。

いかのおすし

この標語は、2004年に、東京都教育庁と警視庁少年育成課が作成したものであり、瞬く間に全国に広まった。

「いかのおすし」が全国の学校に広がったのはそれなりの理由がある。
この当時は防犯に対する意識が、学校においても社会においても高まっていた時期だった。
2001年に大阪教育大学附属池田小学校事件が発生し、子どもの安全、そして学校の安全神話が崩壊した。
2004年6月には佐世保小6同級生殺害事件という、センセーショナルな事件が発生したし、同年(2004年)11月には奈良市で下校中の女児が連れ去られ、殺害される事件が発生した。
この事件で子どもたちの登下校時の安全性に注目が集まり、見守りボランティアの存在が全国的に広がりを見せた。

その中、学校現場では子どもたちの命をいかにして守るのか、という大きな命題が課せられた。
しかし、いざ安全教育を行おうとしても、これまでに避難訓練や警察が主体となった交通安全教室というものは行われていても、防犯教育というカテゴリーにおいては、過去に継続的に広く取り扱われてきた教材が見当たらないほど乏しかった。
その中、現場の教師たちは、何をどうすればよいのかわからないという、混乱した時期だったと言える。
そしてこの時期に、「いかのおすし」は誕生している。

学校の教育現場にとって、この標語は救いになった。
マニュアル的で教えやすく、「覚えさせる」という単純な活動で事が済み、子ども受けするものであるということが考えられる。
そして何よりも、「いかのおすし」というコケティッシュな響きと、防犯とは結びつかない「おすし」の存在が、防犯や犯罪という本質的な暗さをかき消してくれるため、教える側の教師たちに安心感を与えたのだろう。

しかし、その安心感が「本当の子どもの安全」に結びついていない可能性がある。
その例について、ここで紹介しよう。

ぼくは年に1回、ある小学校で防犯を中心にした安全教育の授業をする。
同じ日に3時間続けて、1年生、3年生、5年生に授業をするから、終わったらクタクタになる。

そこで、「いかのおすし」に関連する1年生の授業について紹介したい。
学校側からはそれぞれの学年に応じて、その実態からこのような授業をしてほしい、というリクエストがある。
1年生はやはり、登下校の安全についての授業がリクエストされる。

「あんしんして とうげこう」

まず、導入の段階でこの授業の革新的な問いが発生する。

ぼくが子どもたちに、プレゼンテーションを見せて問いかける。

(         )にはついていっては いけません。

こんなことを教わったり、聞いたりしたことはあるかな?
(  )の中には、どんな言葉が入るかな?

そうたずねた時点で子どもたちは、大興奮して口々に発言する。

「知らない人!」「こわい人!」「悪そうな人!」

いろんなことを言うが、ほとんどの子どもが「知らない人」と言う。
「知らない人にはついていかない」という、「いかのおすし」の「いか」の部分だ。
よく教えられているな、と感心する。

そこでぼくが、このような場面を子どもたちに提示する。

知らないお姉さんが、お腹をおさえて道端でかがみ込んでいます。1人で通りかかったあなたに、そのお姉さんは言いました。
「お腹が痛くて動けないの。家がすぐ近くだから、一緒に荷物を持ってくれないかな」
さあ、あなたならどうしますか? 

子どもたちは、これまた興奮して発言しそうになるが、ワークシートに自分がとろうとする行動を書かせる。

「無視して逃げる」「大声で叫ぶ」「防犯ブザーを鳴らす」

本当に、この時点では全員が「逃げる」「無視する」と言う回答をする。
「助けてあげる」なんて回答は皆無だ。

ここで、ぼくを葛藤させるもうひとつの問いが発生する。
大人は本当に、こんなことばかり教えていいのか、挨拶もしないのか、困った人を助けようという気持ちから、子どもたちを遠ざけているのではないか。

ここではその問いはおいておき、続きを話そう。

次に、発表させる。
どんなことを書いたか発表できる人は?

子どもたちは自信満々で手を挙げる。
ぼくが指名した子どもは喜んで発表する。

「無視して逃げる!」

そこでぼくは、「では、前に出てやってみようか」

そしてぼくが、お腹の痛い大人の役をして、子どもに声をかける。

「お腹が痛いから、すぐ近くまで一緒に荷物を持ってくれない?」

さて、「無視して逃げる」と自分では行動する、できると思っている子どもはどうするのか?

たいていの場合、動くことができない。
あるいは、無視することなんてできない。

ぼくの目の前にいる子どもは、困ったような表情を浮かべてじっと立っている。

そういうことなのだ。
今回の記事のタイトル

「いかのおすし」は安全なのか?

その意味を理解してもらえるだろうか。
言葉を教えている、覚えさせているだけでは教育にならないし、子どもは安全ではない。


言葉ではわかっているけど、自分はいざというとき、こんなふうになるんだ。難しいな。

そのように、体験的に実感させることが重要だ。

少し長くいなったので次の段階は割愛するが、実はこの後は「知らない人ってどんな人?」という展開に入る。
名前は知らないけど見たことのある人は、知っている人なのか、知らない人なのか?

そもそも、「知っている人」であればついていってもいいのか?

顔見知りによる連れ去り事件は多く発生している。

「いかのおすし」を否定はしないが、「教え方」が重要だ。


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