見出し画像

「NICE TIME」 ~店主とお客が共に紡ぐ心地よい時間~

山梨県と長野県の境につらなる八ヶ岳の山々。
その南麓は、名水百選にも選ばれる「三分一湧水」「大滝湧水」をはじめとして、数々の湧き水が見られるエリアである。
長い時を経て地表に現れた清冽な水は、小さな小さな川の流れとなり、木々をうるおす。
このあたりは、車の往来が見られる県道から一歩二歩入るだけで、雑木林に囲まれた細い道が続く風景が随所に見られる。青葉に彩られる春から夏にかけては森林浴を楽しむ人々も多いようだ。また、秋から冬にかけては、静寂に包まれた世界が広がり、落ち葉を踏みしめながらゆっくり進むと心が研ぎ澄まされる感覚になる。
移住者に特に人気の場所でもあるらしく、家を囲む木々を大切に思い、木々と共に暮らす生活を誇りに思う方々が多い印象がある。

そんな豊かな水・木々に恵まれた地にまるで溶け込むようにひっそりと、しかし、しっかりと根付く素敵なカフェがある。
元々は、東京都世田谷区の駅前にお店を構えていたところ、山梨県の別の町を経て、今の場所に再オープンしたのが8年前。都会の洗練されたテイストを引き継ぎながら、田舎特有ののんびりとした暖かな空気にあふれる希有なお店だと勝手に思っている。

++++++++++++++++++++

NICE TIME CAFE oigamori(おおいがもり)

https://www.instagram.com/ntc_oigamori/

https://nicetimecafe.thebase.in/

++++++++++++++++++++

このお店は、「NICE TIME」を名前に掲げる。
日本語に直訳すれば「心地よい時間」。
英語の専門家でも何でもない私の勝手な印象だが、「NICE」という言葉には「GOOD」という言葉に比べて主観的な思い、ヒトそれぞれが抱く思いが詰まっているように感じる。
私がカフェを訪ねる理由の一つ、「時間」という概念(*)が頭の中で整理されたのは、このお店との出会いがあったからなのかもしれない。

*「時間」の話はこちらをどうぞ。
https://note.com/norio_hibi/n/n48a43c856953

では、「NICE TIME」は誰にとっての心地よい「時間」なのだろうか?
第一には、お店を訪れるお客さんにとっての「時間」を指すのだと思われる。
NICE TIME CAFEは、食事、スイーツ、ドリンクのメニューが豊富でありながら、店主のNさんがお一人でてきぱきと動き、テーブル5席分(原稿執筆時点)のお客さんそれぞれに行き届いたサービスを提供している。
オーダーが集中したタイミングに遭遇し、Nさんに「お時間を少しいただきます」と言われたこともあったと思う。
しかし、そんな時であっても・・・
窓越しに見える草木が日に照らされて輝く姿を眺めたり、
ラックに置かれた数々の雑誌 ― 中には、このお店やNさんのお知り合いのお店について掲載されているものもある ― を手に取って眺めてみたり、
物販の棚に並ぶカラフルなジャムの陳列 ― まるで宝石が並んでいるような美しい「空間」なのだが ― を物色してみたり、といった、
このお店でしかできない過ごし方を満喫するという方法もある。
このお店で、私自身が他のお客さんに接したことはあまりないが、
多くの方々がお会計時に「美味しかった」「また来ます」とNさんに声をかけている姿を見るたびに、その人にとってきっとよい「時間」を過ごせたのだなと思っている。

一方、最近改めて感じるのだが、「NICE TIME」はNさんにとっての「時間」も指すということだ。
インスタグラムでの発信で頻繁に登場するNさんの言葉に、
「場所と気持ちを整えてお待ちしております」がある。
お店での「時間」が、お客さんにとっての「NICE TIME」となるためには、
お客さんを迎えるNさんにとっても「NICE TIME」となる必要があるのだ。
(もちろん「HARD TIME」も時にはあると想像されるものの・・・)

店主さん・お客さん双方にとっての「NICE TIME」のため、このお店は、現在、電話予約制となっている。電話予約制といっても、インスタグラムでの投稿のハッシュタグに「今から行くよーっとお願いします」とあるように、かなり前から予約しておかなければいけないといったものではないようだ(ただし、時々によって状況が異なる可能性もあるので、お店の発信を前もって確認いただきたい)。
電話をかけるという一手間によって、お客さんが「今度はお店で何を食べようかな、どのように過ごそうかな」といった「ワクワク」が始まり、Nさんにも胸躍らせてやって来るお客さん迎える準備、心構えに余裕が生まれるのだろう。このシステムによって、インスタグラムの投稿に記された「お客さまの顔を浮かべながら仕込みするいつもの時間がたまらなく好きなのだ」という言葉が一層心に響くようにも思える。

++++++++++++++++++++

「時間」の話ばかりとなってしまったが、
NICE TIME CAFEの魅力は「商品」「空間」などにも詰まっている。

「商品」の魅力を強いて一言で表すならば「安心感」だと考える。
お店が今の場所に移ってきて以降、私がこれまで足を運んだ限りでは、メニューの基本的な構成は大きく変わっていないようで、
料理は、エスニックな味付けによるご飯ものの数点が、
スイーツは、チーズ、シフォンなどの数種類のケーキが、
ドリンクは、コーヒー・紅茶・チャイ・ジュースが並ぶことが多い印象である。
特に、オムライス、そぼろかけご飯、バナナまたはダークチェリーが入ったチーズケーキはこのお店の看板商品で、ファンから「これを楽しみに来た」などの声がよく寄せられている。
もっとも、その時々によって違うメニューも登場するので、「オムライスを食べようと思ったけど目移りとして別の料理を頼んだ」、「チーズケーキの気分だったけどチョコケーキも気になって一緒に注文した」といった経験が、私自身もあるし、内外で聞こえてくる声から他のお客さんにもあるようだ。
このほか、ランチタイムにセットで選べるスープ ― 自然なまろやかさ、なめらかさにあふれる一杯 ― も密かな楽しみなのである。

先ほど少し触れたジャムは、このお店のもう一つの顔というべき主力商品である。
季節ごとの果物・作物が用いられ、甘さが優しく伝わる系から酸味が引き立つ系まで見た目・味わい共に多彩である。キウイ・パイナップル・ルバーブのジャムは、このお店のものしか食したことがない。
基本的にテイクアウトで味わうものなので、店内で楽しんだ料理・スイーツの余韻に浸りつつ、鞄にしまったジャムをどのように食べようかなどと考えながら帰路につくことが多い。NICE TIME CAFEがもたらす「ワクワク」は、お店を後にしてもなお続いているのかもしれない。

「空間」は、シックな内装に、高く開放的な天井、テーブルを囲むように位置する大きな窓が特徴的な落ち着いた雰囲気。お店周りの庭を彩る草木の存在も相まって、訪れる季節や天候によって店内の印象が大きく変わる。
先ほどは、晴れた日の風景について少し述べたが、個人的には雨の日の風景がとても好きである。店内はやや薄暗い雰囲気となるが、外の緑が一層鮮やかに映え、背筋も心も自然とまっすぐになるような気がする。
また、冬の季節の「空間」も素晴らしい。寒い時季の「空間」の主役は薪ストーブ。木々が豊かな地域ならではのありがたい存在である。じんわりと暖かさが伝わっていく空気がお店に流れる「時間」を緩やかにしてくれる。
温もりを求めて人々が自然と周りに集まってくるNさんのお人柄が、この薪ストーブに体現されているようだ。

++++++++++++++++++++

私が、Nさんに出会ったのは、10年以上前。
恥ずかしながら記憶が曖昧で、どのような経緯があったか思い出せない部分もある。しかし、少なくともはっきりと言えるのは、出会ってまもなくの頃から、お店を訪れた時も別の場所で偶然顔を合わせた時も、Nさんはいつも謙虚で暖かく接してくれたというコトである。
何を食べたか何を話したかという記憶が残念ながら少しずつ抜けていくコトはあっても、そういった姿勢・思いというのはいつまでも心に残っていくものだ。

今回も、思い出が多すぎて、思い入れがありすぎて、長く読みにくい文章になってしまった。
これまで過ごした時間に感謝するとともに、これからの時間が少しでも長く続くよう祈りをこめて。
なお、私の拙い文章を見て、お店に興味を持たれた奇特な方がもしいらっしゃいましたら、インスタグラムのプロフィールや最新の投稿に記された注意事項などをご確認いただくとともに、電話予約をお済ませの上、ぜひ足を運んでくださいませ。

※参考文献
「nice things Issue 70 「そこだけにある喫茶店へ。」」(情景編集舎)
(丁寧な取材に基づき、Nさんがこれまで積み重ねてきたコトや、お店に対する思いが余すことなく発信されています。ぜひ手に取って読んでみてください。)

(2024.6 記)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?