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観想力 空気はなぜ透明か (三谷 宏治)

ヒューリスティック・バイアス

 以前同じ職場だった方のメールマガジンで紹介されていたので読んでみました。

 「観想」とは、仏教では「特定の対象に深く心を集中すること」、ギリシア哲学では「感官的知覚や行為の実践を離れて対象を直観すること」を意味するそうです。

 本書は、よくあるブレイクスルーのための発想法についての案内本ですが、その中では、なかなかキレのある書きぶりで分かりやすい内容だと思います。

 ブレイクスルーのためには、この本に限らず多くの本で「常識に囚われない発想」を求めます。著者は、こういった柔軟な発想を阻害する思考のクセとして「単純化の歪み」を挙げます。

(p71より引用) ヒトは幸運な偶然を必然と感じ、好ましい一事例を典型例と思い込み、見やすい情報と第一印象にのみ基づいて意思決定を行う。

 こういった思考の偏向、いわゆる“ヒューリスティック・バイアス”は、事実に基づく重要な点を見過ごすことになると指摘しています。拙速な単純化は、多くの場合、無批判的に“常識を是”とします。

(p120より引用) キーワードは「ヒューリスティック・バイアス」だ。
 ヒトは通常、見たいように見、聞きたいように聞き、考えたいように考える。自らの常識を疑い、知識ベースを拡大し、バイアスを除き、新しい発想や正しい答えを得る努力をしよう。

 事実に基づく状況認識のために有効な方法のひとつが「統計学的思考」です。

(p50より引用) 現代の人類には、まだ、統計学的直感は備わっていない。・・・
 経営の問題点や課題を明らかにしようと、様々な問題を分析する。が、統計的手法を使おうものなら、多くの経営者はそれだけで違和感や拒否反応・拒絶反応を示す。それよりも面白そうな「他社事例」を好む。たった一例の方を信じたりする。
 また、数字でなく、「大丈夫です」と言い切ったヒトを信じる。市場から見たら90%ダメでも、これまで六割方は言ったことを成功させてきたヒトの方を信じてしまう。それで良いなら経営戦略は要らない。

 ここでの著者の指摘は、確かに首肯できるものです。
 小数のサンプルにもとづく数字の上下1%で一喜一憂する愚は、さまざまなの場面で見られます。
 多くの人は、何らかのデータが統計的に有意か否かについて知っていながら、特定の結論に誘引するための根拠もどきとして大いに活用しているようです。
 そこには、結論が拠って立つ「事実」はありません。

キヤノンの論理

 本書は、常識的発想から脱却しブレイクスルーを果たした多くの企業の「実例」が挙げられています。

 まずは、こういう本の常連のキヤノンです。
 紹介されているのは、キヤノンがゼロックスの牙城だった普通紙コピー機(PPC)市場に参入しようと決めたときの論理です。逆転の発想であり、かつ、ものすごく大胆な常識破壊の理屈?です。

(p91より引用) 圧倒的に強い競合がいるからこそ、他社が参入しにくい。そこにうまく入り込めれば、かなりよい市場地位を享受できる、はず。

 結果、キヤノンは幸いにも大成功を収めましたが、実は、「常識破壊」のみがKSFではありませんでした。キヤノンは、元々の強みや新たに獲得した強みの源泉となった「総合的研究開発力」を有していたのです。
 そこが根本的に違います。

 そのほかにも、自転車のシマノや電子辞書のカシオ、少年ジャンプの集英社等、興味深い事例がいくつも紹介されています。

 あと、本書の中でなるほどと思った部分を2点ほど。
 1点目は、不確実性の高い「カオス的」状況における対応方法です。
 著者は、以下のような方策を薦めています。

(p41より引用)
①当たらない推測に頼らず
②実際に得られる情報のみを使って
③事後的に対応する

 何が起こるか予測ができない世界では、「常識的な発想(こうだろうという推測)」に基づいた行動は、無益であるばかりかマイナスでもあると言うのです。
 あらぬ方向に走り出すよりは、リアルタイムの状況把握に基づくきめ細かなアクションの方がリスクの少ない対応ができるのです。
 ただ、この場合は、常に変化を受信し続け、それに即応し続けなくてはなりません。感度と機敏さがポイントです。

 2点目は、「聞き手のキャパシティ」についてです。

(p258より引用) 相手の「一度に聞くキャパシティ」は60~90秒。それ以上になると、こちらが発する言葉を吸収しきれなくなり、集中力も一気に低下する。だから一つのことを「興味付け」「前提説明」「事象説明」「本質説明」と進めるのに、最大90秒で終わらせる。
 こういった事柄は、「コミュニケーション」の奥義であると同時に、思考自体を突き詰めるのに丁度良い。

 これは、私自身、心しなくてはなりません。最近とみに話がくどくなってきたと自覚しています。自分の頭が整理されていない証拠です。

 この本からは、いくつかの気づきと刺激を得ましたが、やはり、最大の刺激は、サブタイトルにある「空気はなぜ透明か」との問いに対する著者の答えでした。
 「生物の目がそのように進化したから」
 これには参りました。
 そもそも空気が透明なのではなく、「空気が透明になるよう生物の視覚器官が変化した」というのです。

 “視点・視座の転換”と簡単に言いますが、おいそれとできるものではありません。


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