TheBazaarExpress110、『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』、第一部第一章・奇妙な出会い、二重人格、衝撃の告白

1章、 バランスの悪い会話

・日曜日の居酒屋

 その日、私の目の前で展開されていたのは、とても奇妙でバランスの悪い、不可思議な光景だった。

「まず生ビールにしましょうか。4杯ね。子どもたちは何にするの?」

「オレンジジュース」「私はグレープフルーツジュース」

 千葉県船橋市と習志野市に挟まれた、JR津田沼駅に隣接したビル内の大衆居酒屋。その個室には、二人の少女を含む4人家族と私、そしてもう一人の男性の6人が集まっていた。夕食時だったため、子どもたちはまず空腹を訴えた。

「何を食べたいのか決めなさい」

「私はサラダ」「私は蟹が食べたい」

中学校1年生の長女みっくんと小学校5年生の次女まんまん。先天性四肢障害を持つみっくんは、右腕の肘から先がない。それでも器用に左手と残った右肘を使って、一人で食事ができる。誰も彼女を助けようとはしないし、一人でできることが当たり前だと思っている。家族のみならず、私ももう一人の男性も、彼女との長年のつきあいの中で、その自立した姿は当たり前のこととなっていた。

料理が出てくると、子どもたちはあくまで明るく食べ始めた。一方で大人たちは、まずは世間話から始めたものの、まもなくそこで展開されることになる憂鬱な会話をしばらくは忘れたいという思いからか、軽快なテンポでビールジョッキを開け始めた。

2014年の正月が明けた12日、日曜日。左右の部屋には、家族連れや野球の試合帰りのユニフォーム姿の男たちの姿があった。テレビでは「サザエさん」が始まる時刻。ありきたりの「日常」が、そこかしこで展開されていた。

だが私たちがいる部屋だけは別だった。この日の目的だった会話が始まると、その内容は聞き慣れない単語と捩じれた事実の連続となった。

「私が佐村河内さんのゴーストライターとして、18年間ずっと作曲してきました」

私の正面に座り、それまで無口ではにかむ程度だった男性・新垣隆が、小声ではあるがしっかりした口調で語り始めた。私は以前、みっくんのヴァイオリンのコンクール会場で彼とは会っていたはずだったが、その印象は薄かった。誰に聞いても、日頃から目立たず、口数も少ない音楽家だという。私と会話するのも初めてだった。

「では『交響曲第一番HIROSHIMA』もヴァイオリンのための『シャコンヌ』もみっくんに献呈された『ソナチネ』も全てあなたの作品ですか?」

「そうです。佐村河内さんの名前で発表された曲は、ほぼ全てです」

「でもうちが貰った楽譜は守さんの直筆だったけど」

「あれは私の楽譜を写したんです。彼は楽譜は読めません。自分では『楽譜に弱い』という言い方をしますが」

「ビール追加いきますか?」

「お願いします」「ぼくはホッピーがいいな。ありますか?」

「メニューにはないみたいですよ」

「んじゃ、ハイボールでお願いします」

次第に大きなテーブルは、ビールジョッキと料理のお皿で埋まってくる。

実はこの日、私には一つの不安があった。

―――はたして新垣は私に対して本当のことを語ってくれるだろうか?

いやもっといえば、新垣が約束の時間に約束の場所に現れるかどうか、それすら心配だったのだ。

・耳を疑う真実

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