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「好きなもの」が制限されていく世界(2021/12/23)

世の中も変わってきたなあという感じです。

私は元から吸いませんが、20年から30年前はタバコ吸ってる人なんてたくさんいたんですよね。親戚の集まりでもタバコ吸いながら宴会してましたから。電車の車内でも吸い殻入れがあったりしましたし。

それが今や社会全体で「嫌煙」の流れになってきて、電車の車内は全車両禁煙は当たり前になりましたし、飲食店でも全面禁煙が珍しくなくなりました。吸ってる人は外に追いやられ、肩身が狭く見えます。

上記の記事に「健康が個人の権利よりも優先される社会になっていくだろう」とあります。どうしてこんな流れになったのか、ということが書かれています。

詳しいことは記事を参照にしていただければと思うのですが、個人的には「社会人口の増加」と「SNSの発達」により、「自分が好きじゃないもの(嫌悪するもの)をたくさん見るようになったから」ではないかと思います。

既にいろんなところでそのようなことが起きているような気がします。

タバコ・酒のような嗜好品のみならず、マンガ・アニメの萌キャラなど、本来好きな人だけ楽しむためにあるものが、それがマスメディアやSNSなどに必要以上に露出してしまうことで「それが必要ない」人たちにまでリーチしてしまいます。そして、それがより「本能に近い、感情をザワザワさせるもの」であればあるほど、強い反発が出やすくなってきたように思います。

まさしく「村八分」と同じ構図ですね。社会の秩序を維持するために、個人の意志が排除されていくということです。秩序が強まれば強まるほど、個人の自由がなくなっていく感じですね。

このように社会が先鋭化すればするほど自由がなくなる構図は、危機を忌避する人間の本能(社会性)に強く結びついているようにも思え、現状のままであれば、元記事のように「ただただ自由がなくなるだけの社会」になっていってしまう気がします。

それを避けるためにはどうすればいいのでしょうか。乱暴かつ単純に考えると「人口を減らす」「SNSを撤廃する」となりますが、人口は全世界的にどんどん伸びているようですし、SNSに関してもいまだ発達し続けている感があり、いずれにせよどちらも現実的ではありませんね…。

人口の増加&メディアやSNSの発達により「本来出会えなかった人たちと出会う」面がある一方で、「無駄な衝突を起こしてしまう」という負の側面が出てきてしまったように思います。人口密度の高い東京都心はどことなく殺伐とした空気があるといいますし、SNSで一定以上バズると観測範囲外の人を呼び込んで荒れてしまうことは日常茶飯事です。

ただ、こういう社会上の負の側面である「村八分」「偏見」みたいなものは一般的にも悪く語られることが多いですし、被害を被る側からしてみれば排除されたほうがいいものに間違いはないのですが、集団で社会を築く上ではどうしても出てくる社会上の防衛反応なのだと思います。

なのでその対象になる少数派にとっては、それに対して抗うよりも「その場から離れる」「同じようなコミュニティーに入り込む」しか解決方法はないのかなと。

必要以上の他人への接触は摩擦を生みますし、不必要な摩擦はなんの特にもならないが、それを避けるための方法は状況的に少なくなりつつある…。こんな中で(過剰とも思える)規制をとどめることは本当にできないのでしょうか?

個人的には、こういう状況はいつか揺り戻しが来るのではないかと思っていますが、希望的観測すぎるかもしれませんね…。

とにかく、「住みよい社会を目指していたら、いつの間にか住みにくい社会になっていた」なんてことには、なってほしくないなと思います。

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