Chomsky (2023) "Genuine Explanation and the Strong Minimalist Thesis"のreview その③

はじめに

今回から具体的に論文の内容を紹介していこうと思います。やり方としては、読んでてこれはChomskyの考え方を知る上で外せないよなとか、これは他の文献やトークで関連情報があってより詳しく紹介できるな、と気づいたところを中心にキーワード毎に紹介していこうと思います。ただし、僕はもうChomskyにどっぷり浸かっている人間なので、僕の常識は世間の非常識、これは説明抜きにはつらいぜとか、他に読んでて気になった点があれば教えていただければ、随時追記しますので、ご遠慮なくご連絡ください。
そして朗報です。今回の記事は、具体的なChomskyの言語分析というよりは言語観なので、テクニカルなことは殆どありません! 

1. p. 348 para. 1 ll. 1-3: Explanationへの進み方

That can happen if there is a definite method that leads to the description. One can then inquire into how that method fares in other cases.
descriptionからexplanationへ進むために取る道、という感じでしょうか。ChomskyがMergeの種類を制限するためにとった道もこのようなものでした。
1. まず、Mergeと言われているものの中で、言語で許される形と、許されない形を分ける (description)。
2. 次に、全部を許すような一番緩い定義を考える。
3. 最後に、これだけは言語から外してはいけないだろう、という特性を2に対して考えることで、1で見つけた二つに対しての線引きができないか考える。
例えば、Chomsky (2020, 2021) 等では、Resourse Restrictionという制約が、このdefinite methodに当たるのではないかと思います。
ある操作をかける前と後で、計算に使える要素の数があまりに増えすぎてはいけない (これは人間の貧弱なworking memoryに由来する) という制約を提案しました。
これを色々な種類のMergeに適用すると、reviewその②で見た、許されるMerge (internal/external Merge) と、許されないMerge (counter-cyclic Merge等) が形式的な形で区別できることを示しました (Chomsky (2019) ではDeterminacyという別の制約で同じことを行いましたが、こちらの説明は省略)。
具体的なResource Restictionを用いた分析には入らずとも、ここで述べられているような形式的な研究の進め方は、なるほどなぁと思うところもあるのではないかと思います。

2. para. 3 ll. 1-3: 言語の多様性

it was assumed that languages could vary virtually without limit and were acquired by training or more narrowly conditioning. So there are no impossible languages.
モロ (2021) の、第12章、「マーティン・ジュース 言語の多様さは無制限と考えた学者」で少し扱われています (この本も授業で一冊全部扱った関係で自分なりに色々調べたので、何かあればお尋ねいただければと思います。すごく面白いですが、衒学的でレトリックに走ってるきらいがあり難解で、和訳が輪をかけて難解で、個人的には英語版の方が読みやすかったです)。
この著者は、上の引用でも少し見えますが、人間言語に可能なものと不可能なものが実験で分けられるという研究を行っており、この本の中でも紹介されています。

3. para. 4 l. 1: Deep LearningやAI、Engineeringについて

A contemporary analogue is the enthusiasm for deep learning
論文のAppendixのところにも出てくる話題です (がAppendixは僕の理解を越えたものも多いのでできません、なのでここでこの話題を扱います)。Chomskyのscienceとengineeringの見方が表れているところだと思います。簡単に言えばscienceはwhyを追求するもので、engineeringはhow (effective) を追求する営みだというものですね。例えばdeep learningやAIや、あまりよく知りませんが、それにより完全な対話ロボットができたとしても、それで人間の内的メカニズムが理解できたわけではないという立場です。酒井 (2022) 第2章「AIは人間の脳を超えられるか」 に収録されている座談会で、福井直樹先生が、「むろん、同じ山の頂上に違う道を通って人間と機械が登っているとしたら、機械が登る道から何かを学ぶことが全くないとは言えませんが、少なくとも人間が登っている道に関して機械学習から直接に何かを学べる可能性は (あくまでも言語に関しては―学習一般はまた別の問題です) 低いような気がします」と述べられています (酒井 (2022: 98))。

4. para. 6 l. 3: Basic Properties of Language

the basic properties of language
Chomsky, Gallego and Ott (2019) の2節がまさしく"Basic Properties of I-language"というタイトルですが、そこでは、discrete infinityとdisplacementがbasic propertiesとして挙げられています。Chomsky, Gallego and Ott (2019) は、これらの特性を説明するために階層構造を想定する、という流れになります。discrete infinityは後に7つ目のトピックとして見ます。displacementは、要素が解釈されるところと発音されるところが異なる現象です。例えば、$${Mary, John  likes.}$$ では、$${Mary}$$は$${likes}$$の目的語として解釈されなければなりませんが、発音は一番前です。ここで現象と述べているのは、実際にdisplacementという操作を想定することが言語理論にとって不可欠だ、と述べているわけではなく、この、発音と解釈が乖離している事実を説明することが必要だと述べているだけなので、例えばHPSGみたいな方法で、移動操作を仮定しないで説明してもo.k.です。
Chomsky (2015: 3) ではbasic properties of languageの定義はもう少し長く、"each I-language can be regarded as a computational procedure that generates an unbounded array of hierarchically structured expressions, each with an interpretation at the Sensorymotor (SM) and Conceptual-intentional (CI) interface-in the former case, usually sound, but other modalities are possible as well."となっており、階層構造まで入っています。

5. p. 349 para. 3 ll. 1-4: 言語理論の目標

In the case of language, inquiry proceeds at two levels. One level is concerned with individual languages, the second and higher level is concerned with the general faculty of language, FL for short. FL is the innate endowment that enables a language to be acquired and used.
これらの問いに答えることが言語理論の目標とされています。Chomsky (1995: 17) にも同様の視点から目標が述べられています。Marr (1982) の見方から続く、基本的な姿勢だろうと思います。
a. What does Jones know when he has a particular language?
b. How did Jones acquire this knowledge?
c. How does Jones put this knowledge to use?
d. How did these properties of the mind/brain evolve in the species?
e. How are these properties realized in mechanisms of the brain?

6. para. 4 ll. 1-4: 文法研究と階層構造

At the first level, the study of individual languages, inquiry seeks a grammar of the language: a description of the properties of the language. An adequate grammar must at the very least provide a recursive enumeration of the grammatical sentences of the language: it must be what is technically called a “generative grammar”.
ここでのadequateという単語は、Chomsky (1957) のdescriptive adequacyに通じる考えかなということを感じました。文法理論は、きちんと母語話者の直観を反映させなければならない、というものです。ただしその際に、線形的な文字列 (単語の並び) だけ見て、母語話者と同じ振る舞いを言語理論ができた、と言っても意味がなく、階層構造に由来する直観まできちんと反映できてなければならないとする、strong generative capacityの考えも見て取れます。

7. ll. 5-8: 言語と思考

Beyond that, it must yield what has been called the Basic
Property of language: a digital infinity of hierarchically structured expressions, each of which determines or perhaps constitutes a thought, each of which can optionally be externalized in some sensory-motor medium.

この論文では、basic propertiesにdigital infinityとhierarchically structured expressionが含まれています。論文毎にbasic propertiesの内容が若干ずつ違っているのが面白いです。
digital infinityというのは、前にも名前だけ出てきたdiscrete infinityと内容は同じです。discrete infinityに対する日本語訳の離散無限性という名前も内容が分かりやすいです。即ち、言語表現は本質的に無限の長さを持ちます。これは、人間言語にrecursion (再帰) の能力があることで説明できます。reviewその②でも述べたように、言語表現を生み出すMergeは、一度適用したら終わりではなく、Mergeでできた表現を更に次のMergeのインプットにしてより長い表現を作り出すことができます。単純な証明もどきとして、以下のやり方が可能でしょう (ここでは日本語を例にとりますが埋め込み文が可能などの言語でもできるでしょう)。

1. 最も長い文Sがあると仮定する。
2. 「と」「思う」「太郎が」を順にmergeし、「太郎がSと思う」という、Sより長い文ができる (Sが「太郎が~と思う」という形であれば、「花子が~と信じている」でもなんでも、別の語彙を使えば良いです)。

最大の素数の証明と同様、背理法から、最も長い文は存在しないことが分かります。discrete/digital/離散の意味は、5語の表現や6語の表現はありますが、5.5語からなる言語表現は無いということです。
更に、この箇所では次パラグラフの初めの文でも繰り返される考えですが、言語が本質的に思考に関連していることも明示されています。Chomsky (2021: 4-5) では、 Bhartṛhariの言葉を引用しつつ、"'language is not the vehicle of meaning or the conveyor belt of thought' but rather its generative principle: 'thought anchors language and language anchors thought…'languaging' is thinking and thought 'vibrates' through language.'"と述べられており、言語によって思考が作られると考えています。optionally be externalizedという表現は、例えば内言"inner speech"等のことを踏まえて、外在化されない言語があることを踏まえて言っているのでしょうか、それとも言語において移動した下位の要素、例えば$${John  was  killed.}$$では、$${killed}$$の後ろにも$${John}$$のコピーがありますが、それは発音されません。そのことを述べているのでしょうか。前者のような気もしますが、Chomskyはinner speechはI-languageではなく、E-languageの一種なんだ、ということも別のトークで述べてたりするので、そこら辺ははっきり分かりません。学会とかアカデミックなインタビューでも言っていたと記憶していますが、ぱっと覚えていないし調べるのが面倒なので、Googleで検索したら以下の動画が出てきました。https://www.youtube.com/watch?v=K7NiWNR4OEo この動画に出てくる例で面白いのは、言語によって思考が作られるという立場を先に見ましたが、全ての思考が言語によって行われているわけではなさそうだ、ということです。まぁ動画内でも述べているように、僕らは頭の中をintrospectすることはできないので、この話題は難しいです。

8. para. 5 l. 5: Formal Semantics

what's called "formal semantics", more accurately logical syntax
論文Appendixの初めの質問にもありますが、Chomskyはreferenceやtruthを扱うsemanticsと、formal semanticsを区別しています。そして、formal semanticsはsyntaxの一部であるという考えのようです。Chomsky (2020: 57) ではこのことについて、"notice that it's pure syntax: symbolic manipulations of postulated entities that are not part of the mind-independent world, whatever their real-world motivation."と述べています。

9. para. 6 ll. 1-4: I-Language

The system for generating thought we can call I-language – “I” standing for internal, individual, and intensional – intensional with an “s”, meaning that we are interested in the actual system coded in the brain, not just one that yields the same output.
I-languageとE(xternal)-languageを区別するのはChomskyの基本姿勢で、その中でChomskyが研究対象として興味があるのは、thought generating systemであるI-languageの方です。I-languageは言語を生み出す仕組みであることは、重要な観点であろうと思います。他によく使われる、faculty of languageとかとも通ずる考えだと思います。faculty of languageの定義はp. 349 para. 3 ll. 3-4 (この記事の4点目でも引用してます) にあるように、人間の脳にある種に固有の器官 (innate endowment) という意味なので、I-languageを更に可能にする (より生物学的な) 仕組み、という理解で正しいでしょうか。間違っていればご指摘いただければと思います。

10. para. 7 ll. 1-2: Tradition of Language Study

So understood, the study of language conforms to a long tradition, from classical Greece and India through the 19th century.
Indiaは先ほどのBhartṛhari、Greeceは、Chomsky (2013: 35) でも引用している、アリストテレスの"sound with meaning"でしょうか。

10個トピックを扱って、長くなりすぎてもあれなので、次回に続きます。

References

Chomsky, N. (1957) $${Syntactic   Structures,}$$ Mouton, The Hague.
Chomsky, N. (1995) $${The  Minimalist  Program,}$$ MIT Press, Cambridge, MA.
Chomsky, N. (2013) “Problems of Projection,” $${Lingua}$$ 130, 33-49.
Chomsky, N. (2015) “Problems of Projection: Extensions,” $${Structures,Strategies and Beyond: Studies in Honour of Adriana Belletti,}$$ ed. by D. Elisa, C. Hamann and S. Matteini, 3–16, John Benjamins, Amsterdam/Philadelphia.
Chomsky, N. (2019) “Some Puzzling Foundational Issues: The Reading Program,” $${Catalan Journal of Linguistics Special Issue,}$$ 263–285.
Chomsky, N. (2020) “The UCLA Lectures,” $${Lingbuzz,}$$ Available at https://ling.auf.net/lingbuzz/005485
Chomsky, N. (2021) "Minimalism: Where Are we Now, and Where Can we Hope to Go,” $${Gengo  Kenkyu}$$ 160, 1–41.
Chomsky, N., Gallego, Á. J. and Ott, D. (2019) "Generative Grammar and the Faculty of Language: Insights, Questions, and Challenges," $${Catalan  Journal  of  Linguistics  Special  Issue,}$$ 229-261.
Marr, D. (1982) $${Vision:  A  Computational  Investigation  into  the  Human  Representation  and  Processing  of  Visual  Information,}$$ San Francisco, CA: W.H. Freeman.
アンドレア・モロ 著/今井邦彦 訳『ことばをめぐる17の視点―人間言語は「雪の結晶」である』大修館書店
酒井邦嘉 (2022) 『脳とAI―言語と思考へのアプローチ』中央公論新社



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