Chomsky (2023) "Genuine Explanation and the Strong Minimalist Thesis"のreview その②

おわび

なんか書いてみたらとても抽象的で、やだーと思うような人も出てくるかなと思うような内容になってしまいました。この記事は飛ばしても次回以降の論文の内容に影響は無い (はず) です。

はじめに

この記事では、simplest Mergeがどのように動くのか、Mergeとして許される形はどれで、どういうものは許すべきではないのか、を見ていきます。

Mergeを巡る問題の所在

simplest Mergeの適用方法

reviewその①では、句構造規則から、要素を一個一個外していって、ようやく (1) のsimplest Mergeにたどり着きました。

$${\rm{(1)  Merge (P, Q)→\{P, Q\}}}$$

(1) がしているのは以下のことです: Mergeは、二つの要素P, Qを取って、そこから集合構造{P, Q} を作り出す。
simplest Mergeには二種類の適用形があります。それを導入するために、いくつかMergeで構造を作ってみます (後ろの括弧内の表現はイメージです、likeはhead levelだし、(3) とか (4) は実際にはもっと内部構造は複雑です)。

$${\rm{(2)  Merge(XP, YP)→\{XP, YP\}}}$$          (like Mary)
$${\rm{(3)  Merge(\{XP, YP\}, ZP)→\{ZP  \{XP, YP\}\}}}$$           (I like Mary)
$${\rm{(4)  Merge(\{ZP  \{XP, YP\}\}, YP)→\{YP  \{ZP  \{XP, YP\}\}\}}}$$          (Mary, I like)

(2) はXPとYPをMergeしているので、(1) の式形にP=XP、Q=YPを代入すると得られます。これは簡単で、互いに無関係だった要素同士を結び付けます。(3) が複雑に見えますが、{XP, YP}という集合と、ZPをMergeしています。これも (1) の式形から導かれます。P={XP, YP}、Q=ZPと考えます。このP={XP, YP} が意味するのは、(2) のMergeの適用によりできた構造を次のMergeのインプットにできるということです。即ち、言語表現を作る操作は一度切りではなく、その操作が繰り返し適用できます。この、Mergeでできたアウトプットが次のMergeの適用のインプットになれる特性はrecursion (再帰性) と呼ばれます。この特性は当たり前のように思えます (例えば日本語では任意の文に「と思う」とか「と言った」とかつけてどんどん文を長くできる) が、Chomskyはこれが人間言語能力と他の動物の「言語」能力を区別していると考えます (Hauser, Chomsky and Fitch (2002) 等、ただしChomskyはどこかのトークで、この論文は誤解を生んだと述べており、なんでだろう、まぁChomskyの論文が誤解されるのはいつものことだしな…と思っていたら、Hauserは研究不正によっていくつか論文が撤回されてるんですね)。recursionについてはまた論文で出てきた時に立ち返ります。
次に、(4) はもっと面倒ですが、{ZP, {XP, YP}}という集合と、その中のYPをMergeしています。これもP={ZP, {XP, YP}}、Q=YPから導かれます。(2)、(3) と異なるのは、QがPの一部であるというだけです。(2)、(3) のような適用形がexternal Merge (外的併合)、(4) のように、構造全体とその構造の一部をMergeしている適用形がinternal Merge (内的併合) と呼ばれます。

simplest Mergeでは不十分だった理由

Chomskyは、Mergeで許されるのはexternal Mergeとinternal Mergeだけだ、と考えていますが、これまでの研究では、Mergeに色々な亜種が出てきました。Nunes (2001) のsideward movementや、Citko (2005) のparallel Merge、Epstein, Kitahara and Seely (2012) のcounter-cyclic Merge等です。それぞれちょっとずつ違いますが、ある構造全体と、別の構造の一部、或いは、構造の一部同士をMergeしているような操作です。説明に簡単なものとして、Epstein, Kitahara and Seelyのcounter-cyclic Mergeを見てみます。今、(3) でできた{ZP, {XP, YP}}が存在するとします。この構造に、以下の形でMergeを適用します。

$${\rm{(5)  Merge(YP, ZP)→\{\{ZP, YP\}  \{XP, YP\}\}}}$$

(5) では、YPという構造の一部と、ZPというこれまた構造の一部をMergeしており、構造全体とその一部をMergeするinternal Mergeからは違う形になっています。ただし、(5) は、P=YP, Q=ZPと決めてしまえばsimplest Mergeから導出可能な形に見えます。Chomsky (2015: 6) に見られるように、Chomsky自身はこれらの亜種は、言語が許すMergeではないという立場を一貫して取っています。
そこで、許すべきものは許し、許してはならないものは許さない形でMergeの定義を見直すプロジェクトが始まりました。これがChomsky (2019) (元の講演は2017年)、Chomsky (2020, 2021a, b) の流れとなります。ちなみに全部フリーアクセスです!
Mergeの定義を見直して厳しく制限すると、逆説的で面白いことですが、今までは考えられなかった新たな可能性が出てきました。それは特にChomsky (2021a, b) で見られ、それをStrong Minimalist Thesisのenabling functionとChomskyは述べています。その新たな可能性を広げていくとどんな面白いことが出てくるか、というのが、Chomsky (2023) も含めたongoing projectが進めている内容です。

というわけで次回、ようやく論文の内容です。

Appendix: Kitahara (2022)

要素の一部同士のMergeを防ぐ方法として、Kitahara (2022) を簡単に紹介します。Kitaharaは、Mergeは以下の形で行えば構造の一部同士をMergeすることはないことを導きました。まず前提として、Mergeが適用する際には、統語要素がworkspaceと呼ばれる作業空間に散らばっていると考えます。例えば、派生が進み、以下の2つの要素、{ZP, {XP, YP}}とWPがworkspaceにあるものとします。

$${\rm{(6)  \{ZP  \{XP, YP\}\}           WP}}$$

ここで、Mergeのためには、何をMergeするかを指定する (上で見てきた適用方法の言い方では、PとQが何かを指定する) Searchという操作が必要だと考えます (或いはSearchはMergeの操作の一部であると考えます)。そして、Searchは以下の方法で適用すると考えます。

1回目のSearch: workspaceのメンバーをsearchする。
2回目のSearch: 1回目のSearchでアクセスした要素の中身、或いは、workspaceのメンバーをsearchする。

この規則に従って考えると、1回目のSearchで見つけられるものは、{ZP, {XP, YP}} 全体、或いはWPです。ここでは、{ZP, {XP, YP}} を見つけた (P={ZP, {XP, YP}} とした) と考えます。2回目のSearchでは、workspaceに戻って、WPを見つけることが可能です。そうするとQ=WPとなり、external Mergeの適用例になります。もう一つの可能性として、1回目のSearchで見つけた {ZP, {XP, YP}} の中身をsearchすることも可能となります。ここでYPを見つけたとすると、Q=YPとなり、internal Mergeの適用例となります。ここで重要なのは、この規則に従うと、構造の一部は、構造全体が1回目のSearchで見つかってから、2回目のSearchでのみ見つけられます。なぜならば、構造の一部 (例えばZPなりYP) は、workspaceの直接のメンバーではないためです。従って、上のSearch規則に従えば、(5) でP=YP, Q=ZPと決めるためには、構造の一部であるYPかZPが1回目のSearchで見つけられることが必要になりますが、それが不可能なために構造の一部同士をMergeすることができないという説明です。

References

Chomsky, N. (2015) “Problems of Projection: Extensions,” $${Structures, Strategies  and   Beyond:   Studies   in   Honour   of   Adriana   Belletti,}$$ ed. by D. Elisa, C. Hamann and S. Matteini, 3–16, John Benjamins, Amsterdam/Philadelphia.
Chomsky, N. (2019) “Some Puzzling Foundational Issues: The Reading Program,” $${Catalan  Journal  of  Linguistics  Special  Issue,}$$ 263–285.
Chomsky, N. (2020) “The UCLA Lectures,” $${Lingbuzz,}$$ Available at https://ling.auf.net/lingbuzz/005485
Chomsky, N. (2021a) “Genuine explanations,” Talk at the 39th meeting of the West Coast Conference on Formal Linguistics, April 8th, Available at https://www.youtube.com/watch?v=F6SbPKmVNVQ
Chomsky, N. (2021b) Minimalism: Where Are we Now, and Where Can we Hope to Go,” $${Gengo  Kenkyu}$$ 160, 1–41.
Chomsky, N. (2023) "Genuine Explanation and the Strong Minimalist Thesis," $${Cognitive  Semantics}$$ 8, 347-365.
Citko, B. (2005) "On the Nature of Merge: External Merge, Internal Merge, and Parallel Merge," $${Linguistic  Inquiry}$$ 36, 475-496.
Epstein, S. D., H. Kitahara and T. D. Seely. (2012) “Structure
Building That Can’t Be,” $${Ways  of  Structure  Building,}$$ ed. by M. Uribe-
Etxebarria and V. Valmala, 253–270, Oxford University Press, Oxford.
Hauer, M. D., N. Chomsky & W. T. Fitch. (2002) "The Faculty of Language: What is it, Who Has it, and How did it Evolve?" $${Science}$$ 298: 1569.
Nunes, J. (2001) "Sideward Movement," $${Linguistic  Inquiry}$$ 32, 303-344.
Kitahara, H. (2022) "Merge and Form Copy: Building Structures and Assigning Copy Relations," Paper presented at the 94th general meeting of The English Literary Society of Japan. May 21st.

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