Chomsky (2023) "Genuine Explanation and the Strong Minimalist Thesis"のreview その①

一連のnoteの目的

Chomsky (2023) "Genuine Explanation and the Strong Minimalist Thesis"の論文がせっかくフリーアクセスなので、reviewというか、そんなレベルの高いことはできない気がしますが、紹介をしてみようと思います。
テクニカルな部分は仕方ないにしても、Chomskyの論文はそもそもなんでこんなことを問題にしているのか分かりにくい部分も多いです。これは、Chomskyの問題意識が長年一貫していて (同じ問題をずっと考え続けていて)、それを途中から覗くから分からないということもあるのだと思います。ここ数年また新たな研究の流れが出ているので、生成文法理論が好きで研究している端くれとして、今いる流れを残しておいたら後々面白いかな、と思って、僕が理解できている範囲で論文の内容を中心に少し紹介できればと思っています。

Chomskyの理論は、他のどの理論とも同じように、Chomskyの理論に精通しているオタク?マニア?好事家?だけのものではないですが、現状としてはすごい分断がある気がします。言語学研究者全体で言語学を進めていく営みとして、あの人達はあの人達でなんかやってる、という状況はすごくもったいない気がするので、寧ろChomskyの論文を読むのに苦を覚える人が、この論文を読む際に参考にできるものを目指しています。Chomskyの論文を読んで楽しいと思う人は勝手に原著論文を読んでください。とはいえ、僕もChomskyの論文を読むと身体が健康になる人間なので、僕の常識は皆の常識ではないことは分かっています。説明が不十分なことも多いと思います。なんでもお尋ねいただければ、随時追記していきたいと思います。

その①の目的

このnoteでは、構造構築操作Mergeに焦点を当てて、句構造規則から今のsimplest Mergeになった流れを簡単に紹介しようと思います。というのも、今の研究は、Mergeの特性を見直してみよう、ということも大きな目的の一つなので、これまでの流れが分からないと、なんでまたMergeの話してるの?とスタートから置いてけぼりになるからです。

論文の前日談

句構造文法 (Chomksy (1957, 1965等)) では、1. 階層構造、2. 何が構造の主導権を握るか、3. 線形順序、という投射の問題が一緒くたにされていました。

$${\rm{(1)  VP→V+NP}}$$

上の句構造規則では、1. VPがVとNPから構成される (compositionality)、2. Vの方が主導権を握る (projection)、3. VはNPの左側 (linear order)、という3つの情報が表されています。その後、英語の$${study  linguistics}$$も、日本語の「言語学を研究する」も、主要部である動詞の線形的位置は逆だけど、同じ意味です。ここから、言語の構造的な意味については、左右の順序は重要じゃなさそうだ、となり、構造構築操作からは排除しよう、という流れになりました。それで編み出されたのがX´-schemaです (Chomksy (1970, 1981等))。

$${\rm{(2)  [_β  ZP  [_α  X, YP]]}          ({{\alpha=X^{\prime},  \beta=XP}})}$$
$${\rm{(3)  [_α  X, YP] = [_α  YP, X]}          ({{\alpha=XP}})}$$

(2) のX´-schemaでは、XをYPの左側に書いていますが、実際には (3) のように左右関係は重要ではなく、モビールのようにくるくる回る3次元の構造であり、主要部Xと補部YPの順序は逆でも構いません。(3) の左が、主要部である動詞が左側にある$${study  linguistics}$$、右が、主要部の動詞が右側にある「言語学を研究する」、に当たります。この考えを元に、最初に挙げた性質3の線形順序を構造から排除できます。
頭の中では3次元的な構造ですが、例えばそれを音を用いて外在化する際には、僕らは二つの異なる要素を一度に口で表すことはできませんから、二つの要素があればどちらが先でどちらが後かを決めなければなりません。というわけで、英語と日本語で主要部の位置が異なるのは、文法の要請ではなく、外在化の要請だということになります。X´-schemaの別の利点として、このschemaのXのところに色々なcategoryを代入すれば、NでもVでもCでも、categoryにかかわらず、すべてparallelな構造を作り出せる、というものもありました。

X´-schemaに近いなと思って買ったモビール

しかし、何故X´-schemaはこの形なのか、という問題は残ります。Chomsky (2023: 348) でも、why things are this way and not some other wayという問題に答えることがexplanationである、と述べていますが、X´-schemaはこのままではdescriptionであり、explanationではありません。
ここで、構造に残った性質は1のcompositionalityと2のprojectionですが、これも分けてみようという考えになりました。そうすると、構造構築の際に外せない特性は、Mergeにより二つの要素をくっつけることだけです。できた構造のどちらが投射する (主導権を握る) のかは、独自のアルゴリズムで決めようという考えになりました。この考えを推し進めたのがlabeling theory (Chomsky (2013, 2015)) です。

これで、ようやく句構造規則からの「宿題」が解けました。構造形成操作は、Mergeにより、二つの要素から一つの構造を作る。どっちが主導権を握るとか、どっちが左側とかそんなことは関係ない、これはsimplest Mergeとか呼ばれたりもしてます。

$${\rm{(4)  Merge (X, Y)→\{X, Y\}}}$$

まとめると、句構造規則で行っていた3つのことを、現在は以下のような形で説明します。Mergeで構造を作り (性質1: compositionality)、labeling algorithmで何が構造の主導権を握っているかを決め (性質2: projection)、外在化の際に語順を決定する (性質3: 線形順序)、というような考え方です。
PCが動かなくなった時に、問題がある部分はモニタなのか、キーボードなのか、CPUなのか、ハードディスクなのか…これを特定しないことには適切な処置もできません。科学の基本的な進み方であろうと思います。構造構築を最大限まで分割できたので、ようやく次に、Mergeの特性を研究できるようになりました。これが2017年辺りのトークからの流れになります。

References

Chomsky, N. (1957) $${Syntactic  Structures}$$, Mouton, The Hague/Paris.
Chomsky, N. (1965) $${Aspects  of  the  Theory  of  Syntax}$$, MIT Press, Cambridge, MA.
Chomsky, N. (1970) “Remarks on Nominalization,” $${Readings  in  English  Transformational  Grammar}$$, ed. R. Jacobs and P.Rosenbaum, 184–221, Ginn, Boston, MA.
Chomsky, N. (1981) $${Lectures  on  Government  and  Binding}$$, Foris, Dordrecht.
Chomsky, N. (2023) "Genuine Explanation and the Strong Minimalist Thesis," $${Cognitive  Semantics}$$ 8, 347-365. 


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