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猫と私の物語「吸血鬼」

泥のような重苦しい闇夜。何処かも分からない村の酒場。
「ワインとミルクをくれ。ミルクは皿で」
「客人、ここらの人じゃないね、こんな時間に出歩くなんざ命知らずか他所者だ。ほらよ」陰気なバーテンがそう言いながらグラスと皿を出す。
「ぐぅ~」ミルクの匂いに反応して懐に入れた猫のルビーが鳴き、顔を出す。ルビーを懐に入れている理由は簡単だ。こいつの血のような赤色が目立ち過ぎるからだ。目立つことは私の目的には不向きだ。この毛色が役立つ場面を除いては。それからもう一つ理由は、この東欧の冬の寒さにはこいつの温かさが役に立つし、私の冷え切った体にも血の温かさを与えてくれる。
「…また出たらしい…」酒場にいた農夫たちがこそこそと話している。「…っかり干上がっちまっていたそう…」私は気取られないよう能力を使う。「村はずれの森の伯爵の別荘跡地で見つかったそうだ」農夫達は顔を見合わせる。「ルビー、いたぞ」私は小声でつぶやく。ルビーはいつもの通り「ふにゃ~」と応える。

 ルビーは東洋の黄金の国から来たらしい。ベネチアの冒険家の帰りの船に紛れ込んでいたという。私がベネチアにいたあの夜、初めて会った時に同類の匂いがした。試しに呼んでみると「ふにゃあ」と言いながらすり寄ってきた。「お前も仲間か」「ふにゃあ」頼りない呆けた鳴き声はカモフラージュだ。こいつはそんなに甘くない。もう百年は生きているはずだ。
私はこの時、ある噂を聞いてベネチアにいた。噂と言うのは血が干からびて死んでしまう病が流行っているという話。その疫病は酒場や夜の社交場のような快楽や欲望の場で知らぬうちに他人に感染し、感染した者は人の血を求めてしまうという。いや、これは疫病なんかではない。奴らがどこからか来て、その能力で人を欲望と快楽の世界に誘い込み襲っているからに違いない。私も奴らと同類だが、奴らのように快楽に身を任せたのではない。両親と妹が奴らに血を抜かれ殺され、その復讐のために奴らの一人をたらし込み、同類となって戦う能力を身につけたのだ。だから私は人を襲わない。
ベネチアは水の都。おそらく船で奴らの寝床と共に運ばれてきたのだろう。とすれば、港だ。
夜の港。月のない闇夜。何かが動く気配がする。
「ふぎゃあ」猫が鳴いた。「奴がいるのか?」「ふぎ」。そうか!この猫には奴らが見え、奴らにはこの猫は見えないのか。なるほど奴らはもともとは動物の化身だ。動物は青と黄の2色しか見えない、特に赤色は見えないはずだ。いいぞ。この猫の力を借り、奴らを見つけ、倒すことができる。「お前、これから私と来るか?」「ふぎ」「お前のその色、ルビーにしよう、お前の名前」「にゃうん」こうして、私達はともに旅する仲間となった。

「なあ、ルビー。次の相手が最後だと思う。伝説の伯爵家当主、全ての起源だろう。起源の者を倒せば全ての子供たちは死ぬはずだ」「ふにゃあ」「やつを倒せば全ての疫病は終わり、私の旅も終わるはず」「ふぎ?」「いいんだ、黙ってろ」
私とルビーは村はずれの伯爵の別荘跡地に来た。闇夜に紛れてはいるが奴には丸見えかもしれない。私はルビーを放つ。ルビーは闇に消える。
「ふにゃあ!」ルビーの声が聞こえた瞬間、輝く光をまとった赤髪の女が滑るように、そして、あっという間に近付いた。
「さっきからここに来るのは見えていたの、私の愛しい子、おいで」そういってあっという間に抱きつかれる。彼女は輝くような笑顔で、しかしものすごい力で私を抱きしめる。「あなたのような美しい子を待っていたの。私と永遠を生きましょ。さあ、我慢しないで。血の力には抗えないはず。さあ、あたしの血をお飲みなさい、そして私たちは永遠に二人で生き続けるの」私は私の意志でコントロールできない力に圧倒され、彼女の濃厚な香りの中で彼女の首に歯を立てようと………。
「ぶぎゃあ!」ルビーの会心の一撃。彼女の頬に鮮血が飛ぶ。「ぎゃー!猫?何なの?」美しい顔が崩れる。彼女が焦る。やはり赤色が見えていない。ルビーの攻撃のお陰で私は彼女の能力から解き放たれた。
「伯爵夫人、もう終わりにしましょう」私も能力を解放する。彼女を抱き寄せ離さない。
もうすぐ日が昇る。あと少し。ルビーの攻撃で負った傷は深いようだ。彼女は最後の力で寝床に帰ろうとしている。私はそれを引き留める。私の永遠の命ももうすぐ終わる。この彼女と共に。
「じゃあまた。ありがとう。来世で会おうな」「ふぎゃ~」ルビーが啼く。曙光。もう終わりだ、じゃあな。炎が立ち上る。
月が明るく輝く村の酒場。農夫達は笑顔で酒を酌み交わし大声で話している。
「聞いたか?伯爵家の跡地に干からびて焼けた大きな蝙蝠と輝くような金髪のきれいな娘が死んでいたそうだ。娘はまるで生きているかのようだったとかいう話だで」
「その蝙蝠が血を吸う化け物、疫病の正体にちげえねえ」
「そいでな、その横には血のような赤色の猫が娘を暖めるように寄り添っていたらしいがの、人に見つかるとこっちを見ながら、ゆっくりとあの“帰らずの森”の中に入って行ったそうだで。それによ、その猫の尾っぽは2本(※)あったそうだ、くわばらくわばら」

※ 注:日本の猫又という化け猫の尾は2本


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