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猫と私の物語「吟遊詩人」

 その時、教皇は言った。「異教徒が聖地を占領し、かの地の我らが兄弟を虐殺しておる。また、聖墓を占拠し冒涜している。奪い返すのじゃ。これは異教徒に対する聖戦であり、十字軍へ参加した者は罪が許されることとなろう」人々は熱狂し「神の望みのままに!」と答えた。
 それから数十年。騎士団に守られた異教の地で吟遊詩人がこげ茶色のずんぐりした猫を連れ、リュートを奏でつつ、愛を歌っていた。
「にゃーにゃーにゃ、んにゃ、んにゃんにゃにゃ、にゃーにゃーにゃ、んにゃ、んにゃんにゃにゃ」「おいこら、そこの詩人、何を歌っておるのだ」恐ろし気な騎士が問う。「これは旦那様、この歌はこの猫のエミリオが雌猫アマラに語りかける愛の歌にございます」「なんだそれは?猫の愛の歌だと、そんなものは聞きたくもないわ、もっと色気のある歌を歌え、できないなら切り捨てるぞ」「おー、申し訳ございません」
騎士から離れながら詩人は小声で言う。「なあ、エミリオ、また怒られたなあ」「そりゃそうだろう、にゃーにゃー言っているだけだもんな」エミリオは私にだけは人語を話す。「この素晴らしきエミリオのアマラへの愛の歌、これは人語では伝わらないよ。だからどこかに分かってくれるものはいないかと異教の地まで旅してきたが、いっこうに伝わらない」「そりゃそうだろ。それにさ、俺達みたいな純愛が人間にうけるわけがない。人間どもは、人妻だろうが若かろうが年寄りだろうが、好き勝手に愛を交わす動物だろ」「そうだよなあ、私たち詩人が歌う歌も、浮気相手への愛やら既婚の貴婦人への愛、領主様の婚約者へ横恋慕とかだもんな」「アマラのところに行ってくる」とエミリオが言う。「神殿の中だから大丈夫だろうが、このところ騎士と異教の民との間には不穏な空気が漂っているからな、気をつけてな」
エミリオは騎士に守られた地から異教の地への高い塀を超え、橋を渡り神殿へ向かう。この異教の地では、猫は高貴な動物とされ、のびのびと過ごしている。アマラは神殿の中で過ごす猫の中でもピカ一に美しいクリーム色のシルクのような毛艶のシャムネコである。エミリオは、アマラに愛を語る「君を夏の日にたとえようか。いや、君の方がずっと美しく、おだやかだ。もちろん君の美しさはいつまでも君のものだ(注1)」アマラはその言葉を黙って聞いている。その目は優し気にエミリオを見ている。そうして二人は寄り添い、丸まってまどろみに落ちていく。
 ズドーン!神殿の外で大きな音がした。「にゃ?!」エミリオとアマラは神殿の屋上へ向かう。騎士に守られた地で大きな煙が上がっている。アマラはエミリオに言う。「ここにいたほうがいいわ、何かあったみたい。このところ神殿に来る民たちが騎士に守られた地の事を何か言っていたわ」
詩人は騎士に守られた地にいた。民衆が騒いでいる。「あの音と煙を見たか?異教徒が何か事を起こしたに違いない、あんな嘘つきたちを許すわけにはいかない」その言葉を聞いて詩人は思う。「エミリオ?エミリオはアマラのところか?」
民衆たちが騒いでいる広場に例の騎士がやってくる。「我が言葉は教皇の言葉。異教徒が不正を働いた。この平和が奪われ我が聖地が再び異教徒に占領され、虐殺が起こる。さあ我がしもべよ、行け!異教の民を排除せよ、さあ、行け!異教徒に神の御業を見せつけるのだ、罪は許されることになろう!」それを聞いた民衆たちは「神の望みのままに!」と叫びながら橋を渡り、神殿に突入した。あるものは教皇の名を叫びながら、あるものは棒きれで周りの物を叩き壊し、あるものは、そこにいたこげ茶色のずんぐりした猫とクリームの猫を蹴飛ばした‥‥‥暴徒と化した群衆は異教徒の神殿に破壊の限りを尽くした。
暴徒が去った神殿は埃っぽい空気で満たされていた。そこに詩人がやってきた。「エミリオ!エミリオ!」詩人は叫んだ。通路の先の隅に埃にまみれた焦げ茶色とクリーム色の毛が見える。「エミリオ!!アマラ!!」詩人は駆け寄りエミリオとアマラを抱きおこす。エミリオは死んでいた。しかしアマラは生きている!「アマラを守ったんだな!エミリオ、お前のほうがよっぽど騎士だよ。アマラへの愛を語っていただけなのにこんな騒動に巻き込まれるなんて。くそ、あの騎士め、分断ばかり煽りやがって!」
詩人は歩いた。エミリオを抱き抱えて。やがて騎士の住まう宮殿にやってきた。「なんだ、またお前か、色気のある歌でも歌いに来たか。」「旦那様、そうでございます、聞いていただけますか?」そして、詩人は泣きながら叫ぶように大声で歌った。
「にゃーにゃーにゃ、んにゃ、んにゃんにゃにゃ! 
にゃーにゃーにゃ、んにゃ、んにゃんにゃにゃ! 
にゃーにゃーにゃ、んにゃ、んにゃんにゃにゃ! 
にゃーにゃーにゃ、んにゃ、んにゃんにゃにゃ!!」

注1:シェイクスピアのソネットより抜粋
※詩人が歌う歌部分について、音読の際は、俺たちひょうきん族「うなずきトリオ」の“うなずきマーチ”の節回しで読むと読みやすいと思います。“ナナナ ウナ ウナウナナ(ズキ)”

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