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続・卓上話劇

「焼き鳥って、なんで焼き鳥って言うのか調べてみたんだ」
 対面《トイメン》のカズトが話し始めた。
 下家《シモチャ》のヒロユキ、上家《カミチャ》のタカシは真剣な顔で理牌《リーパイ》している。カズトももちろん真剣に配牌を眺めているのだが、オレの左右の二人に比べたら呑気なものだ。カズトの右手側の麻雀マットの角には焼き鳥マークの札がまだあるというのに。

「麻雀って、如何に早く役を完成させるかってゲームじゃん。そして、その一番乗りのゴールを【上がる】って言うじゃん。で、麻雀のそのアガリってのは鳥だとか竜だとかが空に飛び立つその様を表してるらしいんだよ。それで、一度も空に上がれなかったヤツは、『焼き鳥にでもなるしかないんじゃね?』って事らしい」

 麻雀用語で使われる【焼き鳥】とは、半荘《ハンチャン》が終わるまでに、一度も上《ア》がれなかった者に課せられる罰則の事を言う。
 四人並んで競う百メートル走と麻雀を例えたなら、八回レースをして一度もゴールテープを切れなかった者に罰則がある……とでも言えばいいだろうか。
 麻雀好きに聞かれたら、『誰かが親を連チャンしたらレースは八回じゃないけどな』などとツッコまれそうだが。
 とにかく、規定の一ゲームの中で、一度も「よっしゃー!」という瞬間が無かった者に、さらなる罰則を与える……というのが、麻雀の、焼き鳥だ。

「余裕だな、カズト。南三局でその焼き鳥マークが手元にあるのはカズトだけなのに」と、オレが言うと、
「バーカ。劇的な瞬間はピンチの時こそ生まれるんだぜ? まぁ、見てなって。この半荘が終わる頃には【ファンタジスタ・カズト】と、オレに熱いエールを送る事になるから」と、カズトは不敵に笑う。そこは、さっきのご高説の流れから【ドラゴン・カズト】か【フェニックス・カズト】の方が良いんじゃないかとは思うのだが、まあいい。オレはカズトの言い分を受け流す。

 もちろん、オレ達は賭け麻雀がよろしくないものだという事くらい知っている。だが、「今日はオレの奢りだ」と【餃子の王将】で友人三人に振る舞うくらいの額を賭ける事は罪に問われない。
 麻雀でやり取りされる点棒は基本的に一人それぞれ三万点を持っているという前提だ。その持ち点の三万点を全て失ってしまったら三万円支払う、なんてレートだとしたら、それは、【餃子の王将】では済まず、【一次会:叙々苑、二次会:高級クラブ、三次会:エロい店】を三人に奢る、みたいな話になる。
 オレ達はいつだって、餃子の王将でご馳走したりされたり程度の健全な麻雀をしている訳だ。ささやかに「勝ったら嬉しい、負けたら悔しい」な賭け麻雀である。

 とは言え、カズトのその焼き鳥マークがそのまま外れないまま……、カズトが一度も「ツモ」とか「ロン」と言う事のないまま、この半荘が終わると、マイナス三万点が焼き鳥罰符としてカズトの点数収支に計上され、プラス一万点がオレとヒロユキとタカシそれぞれに計上される。それが焼き鳥だ。最終局面直前の南三局にあってなお、ふてぶてしいカズトの不敵さはある種の威風堂々を感じさせる。

「カズトは点棒あと、どれくらい残ってるんだ?」
「四千と……百点棒が十本は無いな」
「ザンク(※三千九百点の事、ありがちなアガリ役の合計点数)は耐えられるのか」
「オレのマンガン(※アガリ役のグレード、そこそこ大きい)に振り込んでくれてもいいんだぜ?」
 大きく負けたとて、餃子の王将で奢る奢られる程度の額しか動かない。それゆえに、ゆるい雰囲気であり続けている訳だが、カズトがこのままアガれないままに持っている点棒がすっからかんになったら、それだけで餃子にチャーハンにラーメンに油淋鶏をそれぞれ三人前オーダーした時くらいのマイナス計上が乗っかかる。ゆるい遊びとは言え、ここはカズトの正念場だ。

「飛べない鳥は焼き鳥になるべし、って事で焼き鳥罰符がある訳だけど、ニワトリも外で放し飼いにすれば多少は飛べるようになるらしいな」
「マジで?」
「あー、昔、カリフォルニアに行った時、そこら中にいた野生の七面鳥は飛んでたな、そう言えば」
「七面鳥と鶏は違うじゃねえか」
「似てるじゃん」
「クリスマスの風物詩が、アメリカだと七面鳥、日本だと鶏だしな」
「そうそう。それそれ」
 牌を睨んでは手を動かしながら俺たちは話す。
「ま、ニワトリは飛べなくても、種の存続が家畜として為っているけど、飛べないが故に絶滅した鳥ってのもいるしな」
「また、賢そうな事を言いだすじゃん」
「ドードーって鳥には天敵がいなくってさ。天敵のいない島でのんびりと暮らしていたドードーっていう飛べない鳥は、ある日やってきた人間にいいように蹂躙されて絶滅したらしい」
 オレはちょっとした雑学を披露する。
「へー」
「ドードーってのは美味かったのかな?」
「それが不味かったらしい」
「なんだそれ、絶滅に追い込まれた挙句、不味いと言われて散々だな」
「大航海時代の船乗りたちの証言だしな。現代の日本人ならどうにかして美味しくするだろうけど」
「確かに」
「美味しい料理が確立されたなら、家畜として生き残る目も出来たかも知れないな」
 四者四様に熱のこもらないトーンで話している。一番熱を込めるべきトコロは手牌の進行と振り込まない事だ。
「飛べない鳥は焼き鳥になるべし、そして不味い鳥は滅ぶべしとは残酷だな」
 そう言いながらカズトは牌を捨てる。
「ロン、さて、カズトを美味しく頂こうか」
「マジかよー!」
 タカシが笑い、カズトは絶叫する。

 果たして、裏ドラは乗らなかった。タカシのアガリ役の点数は三千九百点、カズトの点棒は残り僅かだ。
「た、耐えたー」
 カズトは安堵する。
「裏ドラが乗ったら耐えきれなかったな」
 ヒロユキがカズトに言う。
「イマイチ美味しくならなかったな」
 タカシが笑う。
「さて、オーラスだぜ。魅せてくれよ、ファンタジスタ・カズト。このままだと、ドードー・カズトになってしまうぜ?」
 とオレは言う。
「うるせー!絶滅させんな! オレはまだ、この麻雀マットという緑のピッチの上に立っている。ピッチ上のファンタジスタはこういう時こそ奇跡を起こすんだよ」
 カズトはそう言って腕まくりをする。

「ダチョウとか、キウイとかも飛べないじゃん。アイツらが絶滅しなかったのはなんで?」
「さーな。ダチョウは大きさもあるし、天敵から身を守る術もありそうだけどな。キウイはなんでだろ」
「ドードーが絶滅したのは時代的なタイミングもあったんだろう。乱獲して種を絶滅させるなとか、生態系を乱す生物を島に持ち込むなとか、そんな事を言う人は、あの時代にいなかったんだろう」
「あー。その島が人類に発見されたのが二十一世紀に入ってからなら、ドードーは絶滅していないかもね」
「キウイは人類が生態系を意識しだした後に発見された、とかってあるかもな」
 あいかわらずユルい調子で喋りながらそれぞれにアガリを目指して打っているが、この最終局面、流石にカズトは無口だ。オレたち三人が話す内容を聞いているのかいないのか、黙って集中している。

「そういや、ローカルルールにフェニックスってあるらしいな」
 ヒロユキが言う。
「なんだそれ」
「オーラスのこの局面でカズトがツモでアガッたら、オレたち三人に焼き鳥がついてしまうってルールらしい」
「なんだその、スパルタンなルール」
「それは緊張感のあるルールだな、ヤベー」
「おぉ!それ、採用しようぜ」
 カズトがしばらくぶりに口を挟む。
「ルールの途中変更はダメだ。やるなら、次の半荘からだな」
 オレがそう言うと、
「ちぇー」
 と、カズトは言った。

「フェニックスって、老いたら自らの身を焼いて、そして、その炎の中から新しい身体を再生するとか、そんなのだったよな」
「あぁ、確かそんなのだったな」
「そのフェニックスってルールは、他の皆に焼き鳥罰符を押し付ける訳だから、確かに点数的には大逆転だけどよ。自らの身を焼いて復活と言うよりは、呪いというか、悪魔の所業だな」
「や、ホントホント。大迷惑極まりない」
「次の半荘でやってみる?」
「いやぁ、それはちょっと……」
 と言いながら、ヒロユキは牌を捨てた。
 そして、カズトは山の牌を掴む。その刹那、カズトはカッと目を見開き、その牌を麻雀マットに打ち付け言い放った。
「ツモ!フェーニックス!」と。

「いやいや、フェニックスルールは採用してないぜ?」
「おぉ!焼き鳥回避か!やるな!」
「おめでとう!ギリギリだったな!」
 オレたちは三者三様にカズトに声をかける。
 カズトは「いやー、なんとかアガれたぜー。ヤバかったー」と大きく息を吐きながら自分の前に立てられていた牌を倒してみせる。

「ん?カズト、それ、アガッてないよ。」
「ホントだ。三萬六萬《サブローワン》の待ちだな。そして、それは、五萬《ウーワン》」
 タカシとヒロユキがツッコむ。
「うわー!盲牌《モウパイ》ミスったー!」
 カズトは絶叫する。
 その勢いのまま、カズトは麻雀マットに突っ伏し、卓上の牌にガチャガチャっと両手を投げ出す。その拍子に一枚の牌が跳ねてオレの胸元に飛んで来た。
 その一枚を摘まんで見ると、それは索子の一、一羽の鳥が描かれた牌だ。

「オイオイ、乱暴は止せよ。イソコ(一の索子牌《ソーズハイ》)が飛んで来たじゃないか」
 思わず、オレは言う。
「おぉ!オレの手で鳥が羽ばたいたか。なら、アガリだな」
 カズトはしれっと言う。
「バーカ。そんな訳に行くかよ。ファンタジスタ・カズト。マラドーナはオウンゴールなんてしねーよ!」
「こんがり美味しく焼けたな。ノーテン罰符に、ぶっ飛び罰符まで付いたじゃん」
「ご馳走様です、ドードー・カズト!」
「やっちまったー。これはお祓いしなきゃダメだ。タカシ、ちょっと塩を持って来てくれ、塩!」
「自分から美味しくなりに行こうだなんて、鶏肉の鑑《かがみ》だな」
「ファンタジスタとかフェニックスに謝れ、ヨダレドリ・カズト!」
 オレの皮肉で両脇の二人は笑う。
 カズトは「虚仮《こけ》にしやがって」と言いたかったのだろう。だが、舌が上手に回らない。カズトは大声で言った。

「コケー!」

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