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ある図書館で住宅地図を買う仕事をしていたとき思ったこと

数年前まで勤務していた図書館では、ゼンリンの住宅地図を購入する仕事もしていました。
住宅地図というのは、どんな地形で、そこのどこにどんなお家があり、どういう名前の人が住んでいるかがわかるように記されている地図です。
国勢調査などの戸別訪問や新聞配達、配送のほか、行政サービスにも必須の地図です。
当時、その図書館では、東京、千葉、神奈川、埼玉、茨城の全市区町村と山梨県西部の市町村を出版社の刊行頻度と図書館の予算との兼ね合いで、その年に購入する場所や頻度を決めていました。
たとえば毎年出版される東京都のものは基本的に毎年購入し、3年に一度出版される他県の町村部は3年ごとに購入するというように。

ある年度初めにゼンリンの営業担当の方がご挨拶にいらっしゃいました。
その担当の方は、その図書館に初めていらっしゃったとのことで、閲覧室で所蔵されている住宅地図を見て
「とても驚きました、あんなに立派になっておかれていて」
とおっしゃいました。その図書館では利用頻度が高い住宅地図を多くの方からの利用に耐えるように堅牢に製本して所蔵しています。
そして、出版社のほうでは旧年度の在庫は置かず、すべて処分しているというお話もなさいました。
「たまに、昔の地図がないか問い合わせが来ることもあるのですが、ないとお断りし、図書館さんをご案内しています」
その時、担当の方のその言葉を聞いて、その前の年に鬼怒川が氾濫し、常総市が大きな被害にあったことを思い出しました。
「では、常総市の地図も…」
「そうです、次回は現在のものに沿った形になります」

ゼンリンのホームページには「住宅地図は」「全国津々浦々の人々の暮らしを正確に俯瞰」とありますが、最新のものであるがゆえに、かつてはそこにあった「人々の暮らし」も更新されてしまいます。
そんななかで、ある年のその場所の「人々の暮らし」をとどめている過去の住宅地図を保管している場所(=図書館)の存在とそこで働く自分を誇りに思いました。
そして、私も以前住んでいた場所その当時の地図を探してみたりもしました。その場所で確かに生きていた名もない私の暮らしを立体的なものに立ち上げてくれるような気がしました。

図書館には稀少、貴重、高価といった資料が数多く所蔵されています。
学術的な資料ももちろんたくさんあります。
住宅地図はどちらかというと電話帳のように新しいものがありがたがられるかもしれません。
けれど、ビジネスという観点からは最新のものでなくては使いづらく見えるこうした資料も、継続的に収集し保存していくことで、過去から現在までその場所に息づいていた暮らしのありようを見せてくれる気がします。

と、ここまで書いて、昔夫から「東野圭吾さんの作品にその図書館で住宅地図を調べる描写が出てきたよ」と教えてもらったことを思い出しました。

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