見出し画像

子どもが泣いたら抱きしめた

泣きが泣きを呼ぶ女とは、何のことはない、幼い日の私の娘のことです。
と言って、赤ちゃんの頃ではありません。
もう少しわけのわかるようになった年頃です。
彼女は本当によく泣く子どもでした。
しかもいったん泣き出すと1時間は泣き止まない。
声もすごく大きい。
そのころ住んでいたのはアパートの2階。
遠くまでよく聞こえたことでしょう。
近隣の人からは虐待しているのではと思われていたかも。

だから、いかにして泣かさないか、と言うのが大前提でした。
けれど、もうよく覚えていませんが、泣くきっかけはさまざまです。
大好きなテレビを見逃したとか、何かにぶつけて痛かったとか。
驚いて泣き出すこともしょっちゅうでした。
げっまずい、と思ったら、まず抱きしめました。
テレビの時は「〇時になったらサイホウソウがあるから」となだめます。
その段階では落ち着かせて、説明すれば、彼女もなんとか理解できました。

でもタイミングを逃すとだめです。
きっと泣いているうちに、何が原因かわからなくなってしまうのでしょう。
泣いているうちにどんどん拍車がかかり「おーおー」と泣いていました。
そんなときはもうほとんどなすすべがありません。
言って聞かせようにもきっと自分の泣き声がうるさすぎて聞こえません。
もうわけがわからなくなっているのですから。
けれど叱ったり、脅したりなんてもってのほか。
火に油を注ぐとはこのことです。

泣きが泣きを呼ぶ娘を前に私のできることは
「気をそらす」
これしかありませんでした。
カメラを向けるとか(ほかの子どもに比べ娘の泣き顔の写真がやたら多い)
音の出るおもちゃや楽器で気を引くとか
お気に入りの洋服を持ち出すとか。

救いだったのは、外出先ではそんなふうに泣き出さなかったことです。
娘だけでなく、他の子どもたちも何かを前にして駄々をこねることがなかったのは、助かりました。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ありがとうございます。よろしければ、またごらんくださいね。
街を歩いていて、また、急にニュースが目に飛び込んできて、「あれはあの時の私だ」と思う瞬間がある。その時の私にはわからなかったこと、見えなかったことの数々が今ならわかる。あの時の自分やそれを思い出させてくれた会話や風景に向けて書いていきたい。「私だ」と思う次の人のために。