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短編 : 童貞の俺

カノジョいない歴=年齢」の少年が飛行機で経験したドキドキする話。男性諸君はその気持ちに賛同すること間違いないだろう。

「山形県産のみかんジュースを販売しております」。航空会社Peachなのにみかんジュース売るんやと少し毒づきながら読書を開始した。手には『天才を殺す凡人』。福岡に着くまでに読みきる予定だ。

左隣の座席ではイヤホンから音楽が流れ出ている。彼女はみんながつけてるイヤホンをしていた。隣に座っている自分にも聞こえてくるほどだから相当大音量に違いない。

席に座るときに少し顔が見えたが、栗色のボブが似合う女性で朝方に浜辺を歩きたいとか言い出しそうな雰囲気を醸し出していた。それにしてもなんの音楽だろう。邦楽だろうか。洋楽だろうか。

20ページ読み進めたとき、隣の音楽が大きくなる気がした。気になって隣をそっと覗き見ると彼女の頭がウトウトして頭が俺側に傾いていたのだ。なるほど。だから音が大きく聞こえるわけだ。そしてついに頭が重力に逆らえなくなり、いかにも「ちょこん」という感じで彼女の頭が俺の肩に着地した。こんな展開になるとは。邦楽だった。

とてつもなく長い時間が経ったように感じた。目をつぶってみるも緊張して寝れないし。だからと言って快眠している彼女を起こすのは申し訳ない。なんていうのは全くの嘘で起こすつもりは毛頭なかった。男生諸君ならわかるだろうが、ずっとこの時が続いてくれればいいのにと思っていた。僕は浮かれていた、目的地に向かう飛行機のように。

しかし、そんな幸せも長く続くわけもなかった。どんな幸せなことも必ず終わりがきてしまう。飛行機が揺れた衝撃で彼女が目覚めてしまったのだ。栗色のボブをさらさらと揺らしながら、はっと現状を把握した彼女はとても申し訳なさそうであった。

「爆睡してましたね」

「あ、すみません」

「イヤホンから音楽が聞こえてたんですけど、何を聴いていたんですか?」

彼女はイヤホンを差し出した。

全く聴いたことのないアーティストだった。milkというらしい。個人的には音楽というよりもイヤホンを共有したことに対する気持ちの高ぶりを抑えるのに精一杯だった。そこで音楽で共通の趣味を見つけるのが難しいと判断した俺は出身と今回の旅の目的を聞くことにした。

「出身はどこですか」

「青森です」

「福岡へは旅行ですか?」

「えっと...」

なぜか返答に困っているようだったので、俺は会話を諦めた。質問しすぎるのも良くないし、彼女は彼女なりにプライベートがあるだろう。まあ少し話せたからよしとすることにした。後で、もっと話しとけばよかったと後悔した。

一言でまとめると、こんなこと滅多に起きないから本当にドキドキした。

しかし、ここから衝撃の続きが始まる


飛行機は無事、目的地に到着した。僕は急ぎの用事で早く外に出たかったので、シートベルトの着脱サインが出るとすぐに立ち上がった。そして、少し前に体を投げ出して、一つ前の席の列に入った。

まだ、飛行機のドアが空いていないのか、人の呼吸で出た二酸化炭素が混じった湿った空気を感じた。あの栗色の女性が気になって後ろを振り向いていると、隣には僕と身長が同じくらいの青年が立っていた。年齢は同じくらいだろうか。どう見ても他人ではなさそうだ。というよりもカノジョ、カレシの関係なのではないか?

ではあの男はどこから湧き出てきたのか?僕が座っていた席のABC側の反対、DEF側を確認した。するとEの席が空いている。

おいおい。カノジョだったら隣に座るべきだろ笑。
カノジョさんが「旅行の目的を濁した」理由もわかった。

あぶねー。突っ込んで質問しすぎると死ぬとこだった。なぜなら、右側からきていて本来なら見えているはずの鋭い眼光に気づいていなかったんだから。

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