見出し画像

東大学費値上げ反対の意見文

 すでに他の教員が述べているように、学費値上げが必要だとしても、その原因は政府からの運営費交付金の漸次的な減少にあります。「学生の教育環境を今後も維持・向上していくために、必要となる財源を確保すること」が目的なら、まず運営費交付金の増額を政府に要求するべきです。学費値上げは運営費交付金の更なる減額につながる可能性が大きいです。そうなると、学費値上げは運営費交付金減額の埋め合わせにしかならず、教育環境の維持・向上にはつながりません。

 この「教育環境」維持・向上という目的ですが、「総長対話」では、体験活動プログラム、初年次長期自主活動プログラム、TA・RA賃金の上昇、D&I、DX、GXなどに、学費値上げ分を充てるという説明が、総長からなされたと聞きました。これは、いずれも選ばれた学生・院生に宛てられる恩恵です。全学生・院生から、値上げという形で薄く広く取るけれど、一部学生にしか還元されないというのは、不満の原因となるのではないでしょうか。

 また、国立大学の中では比較的恵まれた東京大学が、率先して学費値上げをすることの波及効果は極めて大きいです。東大だけの問題に留まらなくなります。つまり、日本全国の大学生・大学院生に影響があるということです。

 次に、その効果に疑問があります。令和4年度の経常収益は266,388百万円、授業料等収益16,590百万円で、たった6%です。ここを1.2倍に値上げしても、1%程度の増収にしかなりません。

 また、長期的な無償化の方向性との齟齬は理解に苦しみます。他の教員も指摘しているように、社会権としての大学無償化を日本政府は国際社会に約束しています。短期的にも、政府の発表によれば、2025年度からは多子世帯(扶養する子ども3人以上)の支援が拡充し、授業料・入学金が無償化されることになっています(私立大学も含む)。今回の学費値上げの提案は、そうした少子化対策に逆行します。子ども3人以上の多子世帯は、経済的に余裕がある家庭である可能性があります。来年度、多子世帯無償化と学費値上げが同時におこなわれれば、学生の間の不公平感は高まることは間違いありません。

 こうした不公平感は、学生のメンタルヘルスに悪影響を及ぼします。東大の『2021年度(第71回)学生生活実態調査結果報告書』によると、「経済的なことや経済的自立」について悩んだり不安を感じたりしている学部生は、「よく悩む」「ときどき悩む」を合わせて60.7%(28頁)で、大学院生は68.4%(132頁)です。どちらも6割超えで、特に大学院生になると約7割にまで上がります。東大の大学院生の7割が経済的不安を抱えているのです。

 また、メンタルヘルスの指標として、最近6ヶ月で「強い不安に襲われた」という項目を取り上げるなら、「しばしば」「ときどき」を合わせると、学部生が52.0%、大学院生が54.9%といずれも過半数で、大学院生の方が高くなっています。以上から、学費値上げは学部生より大学院生のメンタルヘルスに大きな影響を与えることが予想されます。

 その結果、企業が人手不足の中、有利な就職が可能となっている状況で、大学院への志願者数が減少すると予想されます。特に、人文系は分野によっては若手がどんどん少なくなっています。学問レベルの水準低下がごく近い将来に起こる可能性があります。

 最後に、学生と教員から一番多く出た批判が、学内の合意形成の欠如です。あまりにも急に、理由の説明もなしに、マスコミからリークされたことは不信感を高めています。東大のステークホルダーである教職員と学生・院生、そして国民の頭越しに、外部(慶應大の塾長、自民党調査会など)からの意見によって、根拠も効果も乏しく学費を値上げしようとしているように見えます。このように重要な決定事項が、トップダウンに降されることは国立大学の「私物化」の一端と受け取られるでしょう。

 わずかな増収のために、日本の大学の質の低下を招き、少子化に拍車をかけるのが、今回の「東大学費値上げ」だと言えます。大学本部は、東大のステークホルダーとの真の対話をするとともに、学費値上げの「検討」を凍結し、国際社会と日本政府の、大学授業料無償化の動きを見極め、運営費交付金の増額を訴えるべきです。

堀江宗正(東京大学大学院人文社会系研究科・教授)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?