トランプ支持者とは「非自己決定者」である

トランプが勝利したことにより、この数日で様々な勝因分析がなされて来ました。いわく、中間層の怒りの声を代弁した、弱者の支持を得た、とにかく変化が欲しかった、などなど。

そして、一般的なトランプの支持層のイメージは、「低中所得者」「低中学歴」「没落しつつある中間層」「アンチ既得権」「アンチエスタブリッシュメント」「地方」「ブルーカラー」「差別的白人主義者」で、経済的な困窮を移民の問題とし、既存の政府やメディアなどのエスタブリッシュメントと戦い、「アメリカファースト」にシンパシーを感じる人々、といったところです。

しかし、NYTのアンケートなどを見ると、確かにそういう傾向も見て取れますが、ヒスパニックや女性の票も案外取っていて、なにより所得階層別にみると、殆ど変わらない、むしろ中高所得層の方がトランプ支持ということがわかります。低所得の人が多いはずの若年層はむしろヒラリー支持です。単なる弱者の味方というトランプ像では、これらのことに一貫した説明がつきません。

(以下のアンケート結果はNYTの記事より)

こうした見えていなかった支持層を、「隠れ支持層」として説明する向き1) 2)もありますが、エネルギーアナリストである私の目には、別の形が見えてきています。

NYTのアンケートの他の項目で、私が注目したのは以下の宗教系、経済状態系、現政権系、の問いです。

まず、キリスト教系の信者で信仰心が高いほどトランプ支持という傾向があることが見て取れます。若者ほど無宗教の割合が高い(2014年のPRRIの調査では18-29歳の34%、65歳以上の11%が無宗教)ことも、若者がヒラリー支持で、高齢者がトランプ支持という傾向と整合的です。

次に、経済状態に対する評価ですが、驚くことに、ヒラリー支持者は現在の米国経済を良い状態で、家計も将来も良くなると考えている一方で、トランプ支持者は米国経済は悪い状態で、家計も将来も今後はもっと悪くなると捉えていることです。

そして、現政権に対する評価も、民主党・共和党ということを割り引いても、ヒラリー支持者はオバマ政権を評価し、トランプ支持者は全く評価していないことがわかります。

これらを総合すると、ヒラリーの支持者は無宗教で現在の経済も政府も概ね良好で、将来も良くなると感じていて、トランプは真逆ということが見えてきます。私はこの違いは、「自分の運命を自分自身で意思決定しているかどうか」の違いではないかと考えています。

つまり、「自己決定者」であるヒラリー支持者は、自分の人生を神に委ねず、将来も国の経済がどうなろうが自分の生き方次第で、政府はそれほど関係ないと考える傾向にある。一方の「非自己決定者」であるトランプ支持者は、自分の人生に起きる重要なことを神に預けていて、自分の経済状態は国の経済状態の行き先に依存し、すなわち政治に依存していると考えている人たちということになります。女性は相対的にリスクの高い選択を避ける傾向にあるため、トランプにシンパシーを感じる女性が少なからずいることも理解できます。

この切り口では、性のマイノリティの人々は自分自身を受け入れ自己決定せざるを得ず、そしてヒラリー支持者が多いことにも整合性があります。比較的未婚者の方がヒラリー支持が多いことも相関があるかもしれません。

この事と、所得階層で両者に大きな支持の違いがなかったことを総合すると、この大統領選の戦いを、「弱者による既得権者に対する戦い」とうステロタイプを超えた、異なる見方ができるようになります。

中間層の没落とは、つまりは自動車など製造業を中心とする大手企業による労働組合に守られた雇用の崩壊であり、彼らは今回の構図では弱者というよりは「既得権側 or 元既得権側」の人たちです。そして、そうした世の中の変化を自分自身の問題として受け止めず、経営層や政府や移民のせいにして考えている人たちこそが、トランプの支持者だったのではないかということです。(逆に、同じ所得階層で同じ境遇でもトランプ支持ではない人もかなりいたわけです。)このように考えると、トランプ支持者こそが「既得権者」側であり、今回の戦いはマジョリティだった中間層が、崩壊しつつある既得権を守るために最後の団結をしている、と捉えることができます。

一方のヒラリー支持者は、不確実性が高く混迷を極める現代社会において、自分の将来を企業や政府に委ねず、自分の意志で生きていこうとしている比較的新しい生き方をしている人たちであり、割合としてはどんどん増えている層です。この意味において、トランプ大統領という存在は、現代的な現象というよりは、旧世代的な構造の最後のあがきであるといえます。ヒラリーは、4年後か8年後に出ていれば勝てたかも知れません。

また、メディア、専門家、政府関係者、と言った特殊職に着く人たちは、概ね社会のルールを作る側であって、自分の運命は自分でコントロールしているという感覚を持っている人が多い業界です。人間は、自らが共感できなければ何事も理解できないので、いかに取材をしても、過去の経験を活かせば活かすほど正しい描像を描けなかったということが、予測を外した原因だろうと思います。

それでは、今回の現象「が」既存メディアの崩壊を意味するのか、というと、必ずしもそうではないと思います。既存メディアの崩壊は、既にウェブメディア化やソーシャル化など別のところで始まっており、先ほど述べたようにトランプ支持者層は長期的には消え行く存在だからです。

日本はどうかと言えば、日本人はある意味無宗教ですが、なんだかんだ全体主義的な層がまだまだ多く、地方における「お上意識」は根強いです。ヒラリー支持者のような「自己決定者」が無視できないほど増えてきているとは言え、まだまだ「非自己決定者」である「既得権をもつ中間層」が踏ん張っているため、米国のような拮抗する状況になるにはまだまだ年月がかかると思います。

エネルギーアナリストとしての私に言わせれば、2009年に破綻したGMに象徴される、安価な石油がなくなって来たことによる内燃機関自動車産業の没落の始まりの影響が、大きな政治的な変化を生み出している、とも理解できます。これまで米国の安定的な雇用を生み出してきた、自動車を始めとする製造業が、「周りと同じことをして上の言うことさえ聞いていれば人生を幸せに過ごせる」という雇用構造を維持できなくなってきたことで、その将来を危ぶむ「非自己決定者」たちが、トランプを支持にまわった。トランプ現象は、高コスト化する石油やエネルギーがもたらした、社会の「多様化(高エントロピー化)」の過渡期と言っても過言ではないのではないでしょうか。

長い人類の歴史でみれば、生物としてのエネルギー消費効率の変化がその根底にあり、その変化に合わせて行動セットが変化し、社会秩序の構造変化に繋がったと理解出来ます。

このように整理すると、必ずしもトランプ支持者の行動は過激でも奇妙でもなんでもなく、ごく自然な反応であり、そして一過性でもあるということです。そして、日本はこれから経験する変化となるかもしれず、教訓として分析する必要があります。

また、こうした考察は、私が過去に書いた、

「リベラルvs保守の次はソリッドvsリキッド説」 https://newspicks.com/news/1697708/
「やさしい資本主義とグローバル競争」 https://newspicks.com/news/1504517/
「欅坂46を考えた秋元康はマジ天才説」 https://newspicks.com/news/1829286/ https://newspicks.com/news/1829332/

とも繋がっています。大企業サラリーマンに求められていた「上意下達」「媚びる能力」は、大組織の優位性の崩壊とともにその重要性が低下し、媚びずに自分の生き方を自分で決める生き方が重要度を増しています。それが、「欅坂46」という特異な現象を引き起こしているのだと考えることができるのではないでしょうか。「サイレンマジョリティ」は拡大しつつありますが未だマイノリティです。世界には個人(「アイ」)しかなく、季節(セゾン)はまた巡ります。

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