M-1審査員発表に思う、その人材難

 M-1グランプリ2021決勝の審査員が決まった。

 上沼恵美子、松本人志、礼二(中川家)、富澤たけし(サンドウィッチマン)、立川志らく、塙宣之(ナイツ)、オール巨人。

 この7名による審査は昨年と変わらず。しかも、今回で4年連続全く同じ顔ぶれになる。かつては毎年、1人か2人くらいの入れ替えが行なわれていたM-1の審査員だが、それだけに、いまの審査員たちがある種の特別な存在に見えてくる。

 この発表がなされる前。今回の審査員の顔ぶれは、いつにも増して注目を集めていた。

 審査員のなかに、なんとなくその“引退”を仄めかしていた人が、何人かいたこと。さらには、今年行なわれたお笑い賞レース(R-1グランプリ、キングオブコント)の審査員がこの度大幅に入れ替わったことも、M-1のことが少なからず気にかかった理由のひとつになる。M-1の審査員も変わるのではないかーー、そうしたムードが少なからず漂っていたことは事実だ。お笑いファンの多くがその顔ぶれに注目した大きな理由になる。

 しかし、そうした予想とは裏腹に審査員の顔ぶれは今年も変わらず。4年連続で同じ7人となった。このことから言えるのは、この7名の審査員に対する運営側の評価が、とりわけ高いということだ。特に代える必要はない。このままでも大丈夫。運営側がそう判断したからに他ならない。

 運営側が審査員を交代しなかった理由。それは、ここ数年の大会を見ればなんとなく理解できる。

 この7名による審査が最初に行われたのは2018年。この年に優勝したのが、いまや若手芸人界一のスターコンビ・霜降り明星だった。翌年の2019年は、ミルクボーイが史上最高得点を叩き出しての優勝。さらには、準優勝のかまいたち、3位のぺこぱも、この大会を機にそれぞれ大ブレイク。大会後、関係者やお笑い好きの多くは、M-1史上最も優れた大会だと、この2019年大会を賞賛した。そして昨年行なわれたM-1グランプリ2020では、混戦を制したマヂカルラブリーが優勝。その後の活躍はご承知の通り。大会後には漫才論争なるものを生み出すなど、彼らの活躍は色んな意味で大きな話題を集める結果となった。準優勝・おいでやすこが、3位・見取り図らも同様に大ブレイク。錦鯉、ニューヨーク、オズワルドといった、最終決戦まで進出できなかったファイナリストたちも、大会後に活躍の場を広げることに成功。現在のお笑い界にも大きな影響を与える大会となった。

 早い話、成功か失敗かで言えば、過去3大会はいずれも成功したと言って差し支えない。ファイナリストたちの大会後の活躍ぶりに、それはよく表れている。この良い流れをできれば変えたくない。変に大会に手を加えて失敗すれば、このご時世、叩かれることは目に見えている。決して悪くない出来映えだった過去3大会のM-1グランプリ、その審査を行なった審査員たちを容易に代えることには、ある種のリスクがつきまとうことになる。そうした危険を冒してまで審査員を代えたくはない。そうした思惑が少なからず運営側にはあったと僕は思う。

 もうひとつ、別の視点で考えるとすれば、新しく審査員に加えてもよさそうな人の顔が浮かばなかった。このことも、4年連続して同じ顔ぶれになった理由なのではないかと僕は思う。審査員を代えなかったというより、「代えることができなかった」。新たな人材が見つからなかったという言い方をしてもいい。こちらの方が、審査員が変わらなかった理由として、個人的にはしっくりくる気がする。

 今年、審査員を変更して行なわれたキングオブコントを例に挙げると、それはわかりやすい。新しく審査員を務めたメンバーは、山内健司(かまいたち)、秋山竜次(ロバート)、小峠英二(バイきんぐ)、飯塚悟志(東京03)という、過去にキングオブコントで優勝経験がある芸人だった。なかでもお笑いの分析力に定評がある東京03・飯塚は、ファンの間ではまさに審査員として長年待望されてきた存在だった。山内、秋山、小峠の3人も、新審査員に相応しい芸人として、大会前からすでに強く推されていた顔ぶれになる。こう言ってはなんだが、キングオブコントの審査員はいつ変更しても大丈夫という、ある種の“準備”がすでにできていたという感じだった。
 
 だが、その一方で、M-1の審査員を変更するという話になれば、その新たな候補者の名前を挙げることは正直言って難しい。M-1出場経験のない、いわゆる大物芸人の名前は、そう簡単には思い浮かばないのだ。逆に簡単に名前を挙げられるのは過去のM-1優勝者になるが、そのなかに現在のM-1審査員として相応しい芸人がいるかと言えば、その数は決して多くない。優勝経験のある中川家・礼二やサンドウィッチマン・富澤ならともかく、優勝経験のないナイツ・塙(過去最高は3位)が審査員を務めている姿にそれはよく表れている。

 M-1が中断期間から復活した2015年大会。その審査員を務めたのは、9名の歴代王者たちだった。この時も審査員を務めた礼二と富澤を除けば、その他の顔ぶれは以下の通りだ。

 増田英彦(ますだおかだ)、岩尾望(フットボールアワー)、吉田敬(ブラックマヨネーズ)、徳井義実(チュートリアル)、石田明(NON STYLE)、佐藤哲夫(パンクブーブー)、哲夫(笑い飯)。

 この中で、再び審査員の座につきそうな人は誰か。全員悪くないが、少なくともキングオブコントにおける飯塚のような、今すぐにでも審査員になって欲しいと思えるような人はこの中にはいない(数年後はわからないが)。

 歴代王者以外で強いて挙げれば、これまで2回審査員を務めた経験のある、博多大吉(博多華丸・大吉)。この人には、来年にでも審査員に復帰して欲しいと個人的には思う。どうして外れたのか、正直その理由が分からないくらいだ。現在の活躍ぶりも文句なし。その候補者としては一番の存在だと思う。

 だが、博多大吉以外となると、その候補者はある程度限られてくる。賞レース優勝経験者から選ぶとすれば、その選択肢は極めて狭くなる。M-1優勝経験のない、塙が審査員に選ばれた理由もそこにある。優勝者にこれといった候補者が見つからなかった。そのため、お笑いを評論する能力に定評のある塙が、審査員として新たに抜擢されることになった。塙本人にとっても、M-1で審査員を務めたことにより、漫才界で確固たる地位を確立することに成功。それによりカリスマ性も生まれ、いまやお笑い界の新たなご意見番的な存在になりつつある感じだ。

 優勝者以外で言えば、川島(麒麟)、大悟(千鳥)、山里(南海キャンディーズ)、若林(オードリー)、福徳(ジャルジャル)、山内(かまいたち)、水田(和牛)なども、実績で言えば、候補の中には入る。だが、やはり審査員には優勝者を選びたい。そうした思惑が少なからず見え隠れすることは確かだ。塙はあくまでも例外。例えば10年後、粗品(霜降り明星)、駒場(ミルクボーイ)、野田クリスタル(マヂカルラブリー)らが審査員席に座っている可能性は十分あると思う。

 今回も審査員は変わらなかったが、それはハッキリ言って問題の先延ばしに過ぎない。高いカリスマ性と実績を兼ね備える、新たな審査員候補者は誰か。それが見つかるまでは、現在のメンバーでいく。今回の代わり映えしない顔ぶれは、人材不足の証といっても過言ではない。少なくとも僕はそう捉えている。

 

 

 

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